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SF/ホラー/ミステリー

『BBR(Biological Basic Regulator)』

青木 航著



 2030年にひとつの事件が起きる。
 或る巨大企業群の総帥の孫に、非常に優秀で将来を嘱望されている男がいた。園田飛翔という。

 飛翔は幼い頃から優秀であり、良い意味での坊ちゃん育ちのせいで、大らかであり誰にでも優しい。
 成績が優秀だったのは、幼い頃から優秀な家庭教師を付けられていたことが大きな理由であったかも知れない。
 私立の最高峰・K大学の付属幼稚舎から、本人の希望により、国立T大学に最高の入学率を誇る中高一貫校を受験し、優秀な成績で合格。国立T大学文科一類に合格し、法学部を卒業した。

 中学受験に、両親と祖父は当初反対した。後継者として育てたかったからである。
 K大学には多くの企業経営者の子弟が在籍しているので、将来の人脈を作る意味で、国立T大学よりもK大学の方が好ましいと思ったからである。
 少なくとも高校まではK大付属に居ることを勧めたが、本人の意志が固かったため、祖父は、一族から高級官僚や政治家が出ることも悪くは無いと考え直し容認した。次男も、兄ほどでは無いがそれなりに優秀だったので、場合に寄っては、次男に後を継がせても良いと思った。
 だが、飛翔は公務員試験は受けないと言い、かと言って司法試験に挑戦するでもなかった。
 これには、家族も動揺し、父翔太は、何を考えているのかと詰め寄った。しかし、創業者である祖父孝明が父を制した。祖父は、飛翔の能力を信じていたのだ。
「長い人生のうち1年や2年、何をやってもいい。また、何もしなくてもいい。浪人したとでも思って好きにさせてやれ」
「しかし、お父さん。それは甘やかし過ぎではないですか?」
 父は納得出来ない様子で祖父に食い下がった。
「飛翔。自分で何か事業でもやりたいなら資金は出してやるぞ。その気になったら言って来い。お前は今まで躓いたことが無い。そういう人間はいざという時には脆いものだ。今の内に何かやって、仮に失敗したとしても、それは悪いことではない。それが、将来の貴重な財産となる」
「はい」 
とだけ、飛翔は祖父に答えた。

 就職解禁となって少しして、グループ企業のひとつの社長から、急ぎ報告したいことがあると飛翔の父・翔太に連絡があった。
 事業に関する相談ではないので、内々にお目に掛かりたいとのことだった。
 グループ企業の社長がそんな言い方をしなければならなかったのには理由がある。この企業は、グループ内で最も不採算な会社であり、切り離して場合によっては売却することも検討されているような会社であったため、事業に関する相談と取られれば、泣きついて来たと思われ、直接話すことが難しくなると思えたからだ。
「まあ、掛けなさい」
 緊張して翔太のオフィスを訪ねたグループ企業の社長に翔太が言う。
「はい。有難うございます」
「岡田さん。何か重要なお話ですか? 」
 デスクから立ち上がり、ゆっくりとソファーの方に移動し、腰を降ろした翔太が尋ねる。
「はい。会長がご存じのことかどうか、伺いたいことがございまして」
 そう言って岡田は、ファイルから数枚の書類を取り出し、翔太の方に向けてテーブルの上に置いた。
 新卒採用にNetで応募して来た学生の履歴書などをプリントアウトしたものだ。
 写真を見るなり、翔太は急いでそれを手に取った。飛翔の履歴書だった。
「何も伺っていなかったので、驚きました。まず、採用担当者が驚いたのは、国立T大法学部卒業予定という学歴でした。その時点では、まさか坊ちゃまとは思いも寄らなかったそうです。こんな優秀な学生が応募して来たとなれば、何としても採りたい。まず、そう思ったそうです。
 当然、一流企業に併願していると思われるが、早いうちに内定を出し、何とか他社に持って行かれるのを阻止したいと思い、担当部長まで話を上げました。
 部長が坊ちゃまのお名前を見た途端、まさかと思い家族名を確認して、会長のご子息であることが分かりました。ご存知のことだったのでしょうか? 」
 何を考えているんだ、とまず翔太は思った。
 グループ企業に入りたいならそう言えば、こんなお荷物会社ではなく、主要企業にいくらでも入れてやる。いや、そんな手配をしなくても、飛翔なら、一般学生と同じ基準で選考しても、必ず受かるはずだ。それを、何を好き好んでこの会社に、そう思った。
 そして、自分に挑戦しようとしているのではないかと思い至った。敢えて業績の悪い会社に入り、自分の力で建て直してみせようとでも思っているのか? しかし、そんな会社でも、経営に加わるまでには長い年月を要する。そんな悠長に時を過ごせるような会社ではないのだ。それが、分かっておらんのか。自分で優秀と思っているのかも知れないが、所詮、成績が良いだけの学生に過ぎない。社会のことは何も分かっていないのだ。 
 そんな風に考えていた。
「会長 …… 」
 翔太の沈黙に耐えられなくなった岡田が声を掛けた。
「岡田さん、少し時間をください。追ってご連絡します」
 翔太は、知っていたとも知らなかったとも言わなかったが、知らなかったことは明らかだと岡田は思った。

 翔太は、形式上会長を退いてグループ最高顧問になっているとは言っても、まだ実質的にグループを支配している孝明に相談した。
「飛翔が入れば、あそこの連中、安心するだろうな。今は、いつ切り捨てられるかと不安で一杯なはずだ。どう変わるか見物だな。なに、飛翔が入ったからと言って特別に考えることはない。少しは様子を見ることになるだろうが、本当に駄目だと思えば切る」
「飛翔に恨まれることになるかも知れません」
「企業経営は生きるか死ぬかだ。それを勉強させれば良い。それで恨みしか残さないようなら、所詮、後継者には出来ないと諦めろ」
「分かりました」

 飛翔は入社して、本人の希望通り販路開拓の部署に配置された。
 先輩に同行し、その仕事振りを注意深く観察していた飛翔は、ひとりで訪問を任されるようになるとすぐに頭角を現して来た。先輩が長いこと掛けて獲得出来ないでいた重要なターゲットを口説き落としたのだ。
 もちろん、部署内はもとより、社内挙げて称賛の嵐となった。
「流石、会長のご子息」
「出来が違う」
と皆口々に言うが、心の中では、強力なバックアップがあったに違いないと思う者も多かった。
 特に、長く通い続けながら、顧客として獲得出来ないでいた先輩に至っては立場が無い。
「先輩が長年掛けて、人間関係を作り上げて来たお陰です。それが、たまたま、僕に任された時期に花開いたということで、僕が運が良かった訳です。有難う御座いました」
 飛翔は、皆の前でそう礼を言った。
 それで、その先輩も最小限の面目を保つことが出来た。
 しかし、同行していた時、飛翔は感じていた。最初は必死に努力していたのだろうが、結果が出ない日々を重ねるに連れて、段々諦めの気持が強くなって来ていたのではないだろうか。先輩の姿に熱意も工夫も感じられなかったのだ。かと言って、獲得出来れば会社の業績アップに繋がるだろう相手だから、シャットアウトされない限り、無理ですとは言い出せなかった。
「もう少しです。反応はかなり良くなって来ています。もう少しだけ時間を頂ければ、必ず落としてみせます。自信があります」
と繰り返し報告していた。
 悲しい、営業マンの習性である。
 それを飛翔に譲ったのは、これ以上無駄な時間を費やすより、その時間を新たなターゲットに向けた方が成績アッップに繋がると思ってのことだった。  
 上司にしてみても、報告を鵜呑みにはしていなかった。もう無理だろうと結論付ける寸前だったから、仮に担当を飛翔に替えたことで潰れても仕方がないと思った。しかし、飛翔のバックを考えれば、或いはという微かな望みも抱いた。バックアップがあろうと無かろうと、結果さえ出れば良いのである。そして、結果は出た。

 その後も、難航しているターゲットに対するアプローチを任された飛翔は、次々と結果を出して行った。七光りだのバックアップがあるのだろうと陰で言う者は無くならなかったが、1年後には主任になり、会社の業績も目に見えて良くなって来た。そして、それと共に、社内での、グループに見捨てられるのではないかという不安も徐々に解消して行った。

 3年が経ち、係長となっていた飛翔について、間も無く定年退職となる課長の椅子に飛翔が就くのではないかという噂が社内を駆け巡っていた。
 係長となったのも異例の早さではあったが、27歳で課長など、普通なら到底考えられない。
「会長の息子だからしょうがないんじゃないの。仕事が出来ない訳でもないから」
 社員の反応は大体そんなものだった。
 同僚同士の会話で、余りに飛翔の業績を褒め上げることは、ゴマを擦っているように思われるという心理が働いてのものだ。それに、係長達の中には、せめて課長になって定年を迎えたいと思っている年齢の者も居るので、それに対する気遣いもあった。
 しかし、この会社の経営陣の思惑は全く違った。
 いずれ、グループの総帥になるだろう飛翔を少しでも早く引き上げて、主要企業に移籍させられる前に役員にさせたかった。そうすることによって、グループ内でのこの会社の地位を確保出来ると思っていたのだ。

 そんな飛翔に悲劇は突然起こった。暑くも無く、寒くも無く、晴天で実に気持の良い日の昼時のことだった。
 珍しく12時頃に昼食を取れることになったが、余りに気持の良い日だったので、同行していた部下に弁当を買って来させて、公園で昼食を取ることにした。
 ベンチで昼食を取り、休憩の後
「そろそろ行くか」
と部下に言って立ち上がった。
「ゴミ、自分が捨てて来ます」
と部下が言った。
「いや、いいよ。出口に行く途中にゴミ籠が有る」
 歩いて行くと、ゴミ籠の近くにホームレスのような男が立っていた。
 大方、捨てた後、残飯でも漁るつもりだろうと思った。生憎、綺麗に食べ切っていたので、中には何も残ってはいない。見るとまだ若い。何で働かないのだろうと、少し軽蔑する気持が起こった。
 すれ違った後、飛翔が倒れた。
 部下が何か話しかけようとして横を向いたが、横に飛翔の姿が無い。振り向くと、うつ伏せに倒れている飛翔の姿、そして、背中に深く刺さったナイフが目に入った。ホームレスは、血だらけの右手を旨そうに舐めながら、嬉しそうに笑っている。
 部下は一瞬硬直し、2〜3歩下がった。次の瞬間、彼は「係長!」と叫びながら走り、まず、両手でホームレスを突き飛ばし、飛翔の側にしゃがみ込んだ。しかし、急にはどうして良いか分からない。
 はっと思いつき、腕時計兼用の携帯電話にタッチし、
「110番、110番。違う、救急車だ救急車!」 
と叫ぶ。

 飛翔は即死だった。ホームレスは、取り調べに対し 
「神に命じられた任務を果たした」
と繰り返した。そして、満足気に笑う。
「ふざけるな! 心神耗弱の振りをして無罪になろうってんだろう。そうは行かんぞ。金を取ろうと思ったのか! な、そうだろう。素直に吐けよ。財布の金を取ろうと思って、人ひとり殺したのか! 今時、みんなカードで払うから、現金なんて小銭くらいしか持っていないんだよ。そんなはした金を取ろうと思って殺したのか? え〜っ、どうなんだ」
 刑事がどんなに怒鳴ろうと、机を叩こうと、胸倉を掴んでも、ホームレスは笑っている。凶器をどう準備したかと聞いても
「神がくれた」 
と答える。
「俺が何で生まれて来たか、あんた分かるか? あいつを殺すためだけさ。だから他のことはどうでも良かった。働くことも、努力することも俺には関係ない。あいつに巡り合うまで、ただ、生きていさえすれば良かったんだよ。それで、神が今日、あいつに合わせてくれた。任務を遂行するのは今だってな。そんで、俺はやった。もう任務は果たした。後は、神の御許《みもと》に帰るだけだ」
「誰でも良かったんじゃ無くて、被害者を狙ったって言うんなら、名前を知ってるはずだな。被害者は何ていう人だ。名前を言ってみろ。それに、被害者がお前に何をしたって言うんだ」
「知らねえよ。神が今日初めて合わせてくれたんだから」 
「あのな…… 」
刑事が声を落として言った。
「お前には良心というものが無いのか? 被害者の肉親がどんなに悲しんでいるか分からないのか? お前にも親は居るだろう。生きているのか? 亡くなられたのか? どっちなんだ? 」
「覚えてねえ」
「なんだと? 親が生きているか死んだか覚えていないと言ってるのか? 」
「親? 神様かな? 」

 精神鑑定の結果、ホームレスは、心神耗弱により無罪となった。身分を証明する物は何ひとつ持っておらず、指紋、DNA鑑定でも、犯罪歴はもとより何ひとつ確認することは出来なかった。


 数々の修羅場を潜り、非情な決断も下して来た孝明だったが、飛翔の突然の死は余りにも辛い出来事だった。
 国立T大に行きたいと言い出した頃は、勉強が出来るだけで実業界に於いては役に立たない男になるのではないかと思った。
 一時は、後継者にすることを諦めた。しかし、敢えてグループ内の実績の上がらない会社に入ろうとしていると知った時、その意気を感じた。
 そして、実績を上げ始めた頃、後継者は飛翔しか居ないと心に決めた。翔太は、グループを維持するくらいの力は持っているが、それ以上の男ではない。しかし、飛翔はグループを更に発展させることが出来る可能性を持った男だ。後は、これからどう育てて行くか、贅沢な悩みだが、孝明は、それを最後の生き甲斐にしようと思った。

 それが突然、何もかも崩れ去ってしまったのだ。 
 それも、社会のゴミのような身元も知れない男に、意味も無く殺され、しかも、その男は無罪。
 こんな理不尽なことが有るものかと思った。内臓が捩れるような苦しみの中で、孝明はひとつの結論を出す。
 一切の役職を退いて、持ち株もすべて翔太に譲る。そうして、グループと縁を断った後、私費で闇の勢力を雇って犯人を殺す。万一、自分が依頼したことが発覚して刑務所入に入ることとなり、そこで人生を終わることになっても仕方が無いと、そこまで覚悟した。
 完全に引退する以上、グループ内を引き締めて、自分が居なくても何とかなるように、人事も見直しておく必要がある。
 そう思ってあれこれ考えていたある日、孝明は、思わぬ情報を得た。
 国立T大学教授が胎内環境を再現する装置を用いて、ips細胞からどんな臓器も作成することが出来る技術を確立したというものだった。
 ips細胞を使った臓器再生は、理論的には脳を含むすべての臓器について可能であったが、当初は皮膚など平面に近いものに限られていた。3次元的に、心臓、肺、肝臓、胃、腸などの臓器を作成することは、技術的に難しかった。また、脳については、脳そのものを作ることは可能とされていたが、その働きについて未知の部分が多すぎるため、脳の作成は技術的にも倫理的にも、また法的にも「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」に違反するため不可とされた。
 臓器単体に関しては、不治の病で移植を必要とする場合など、再生医療の目的で例外的に許されていた。
 ips細胞を使って作られた臓器は、本人の細胞から作られるので拒絶反応が起きる心配が無い。臓器移植のドナーの不足によって待たされたり、待ち切れず亡くなる人を救える。他人からの臓器移植はドナーの好意に頼るものであり、ドナー自身に身体的、精神的負担を強いることになるので、臓器作成により代替え出来るのであれば廃止するべきである。
 そういった理由により、臓器作成には多大な期待が寄せられ、様々な研究が進められた。ただ、大きな問題がひとつあった。成人の臓器を作るためには、人が成長するのと同じ年月を要するのだ。

 2016年には、国立Y大学でさまざまな種類の臓器を立体的に作製する汎用的な手法を確立したと発表されていた。ips細胞など3種類の細胞を使って臓器の基になる小さな塊を作り、これを培養して立体的なミニ臓器を作り出すというものだ。
 しかし、その大きさはミリ単位のものであり、即実用化できるものではなかった。立体的な構造物を簡単に作れる細胞専用の3Dプリンターを使った臓器作製の取り組みも、国立T大や国立O大で始まった。しかし、それも、完全な実用化までには以外に多くの時間を要する。

 そんな中発表されたニュースである。
「あらゆる臓器を作成出来るということは、人そのものを再生出来るということではないのか」
 Netのニュースを見ながら、孝明はそう考えていた。もちろん、法的には許されないことであるが、本当に飛翔を蘇らせることが出来るなら、そんなことはどうでも良いと思った。
『クズのような男を千回殺してみても、とても、飛翔の命に代えられるものではない。もし可能であれば、飛翔を蘇らせる可能性に賭けるべきだ』
 そう考えた。
 幸い園田家では、不治の病に罹った場合を想定して、家族全員の細胞を冷凍保存しており、飛翔については、へその緒も保存されている。人ひとりを作り出すとすれば、装置も臓器作成と比べてかなり大規模なものが必要となるだろう。資金が必要だ。引退は出来ないと思った。

 調査会社を使って密かに調べてみると、研究の実質的な主体は、ニュースに名前の出ていた教授ではなく、高山という准教授であることが分かった。
『行けるかも知れない』 
と孝明は思った。
 自分が中心となって研究していた成果が、上司である教授の名で発表されたことを面白く思っているはずがない。しかし、出世を考えたら従わざるを得ない。そんなところだろう、と思った。
「この男のすべてを調べてくれ。金銭問題、異性関係はもとより、性格、生い立ち、両親、友人、敵、業績、失敗、教授や同僚との関係。その他調査の過程で出て来たことが有れば、それも徹底的に調べて欲しい」
 調査員を呼んで、孝明が依頼する。
「いつまでに? 」
「急いでだ。だが、急いで手を抜くことは許さん。徹底的に調べることが優先だよ」
「はい。分かりました。経費は掛かりますけど」
「必要なものならいくら掛かっても構わん。領収書はちゃんと付けてくれ」
「分かりました」

 高山准教授は意外と真面目な男だった。大きな借金を抱えている訳でもなく、女が居る訳でもない。学業も優秀で順調に研究者としての道を歩んでいる。ただ、最近、近県に家を買ってローンを抱えているのと、息子をA国に留学させているために金が掛かっており、妻は看護師として働いている。教授との間で、表面的にはトラブルは起こっておらず、飲んで教授に対する愚痴をこぼすこともほとんど無いという。
 ただ、少しでも早く教授になりたいと思う気持ちは強いようだ。今は教授に黙って従うことが一番の近道と思っているのだろう。

 秘書を通じて連絡を取り、Tホテルのロビーに呼び出した。時間は夕方の6時。
 高山准教授は、最初何だろうと訝った。だが、大企業の顧問という肩書から、会って損になる相手では無いと思った。
 高山は研究一筋と言うか、悪く言えば学者馬鹿という種類の人間だったので、つい最近大きな話題となった、ホームレスによる御曹司殺人事件に関して詳しいことは知らなかったし、興味も無かった。  
 まして、会う相手が、その被害者の親族であるなどとは思いも及ばなかった。
「Netニュースで拝見しましたが、素晴らしい研究に参加されていますね」
 名刺交換が済んで、園田が切り出した。
「あ、有難うございます。長年模索して来ましたが、やっと形が出来ました」
「難病に苦しみ、臓器移植しか助かる方法が無い患者に取っては、大変な光明です。いや、本当に素晴らしい技術を確立したものだ」
「いえ、まだこれからです。腎臓だけでも移植待ちの患者は1万を超える数です。その他に、心臓、肺、肝臓、小腸などの移植待ちの患者さんも居る訳ですから、すぐに、ドナーからの移植が無くなる訳ではありません。作った臓器をひと月ほどで成人のものの大きさまで成長させることが遠からず出来るようになります。それが、今回の成果の画期的な面です。しかし、その臓器を実際に移植して、問題が起きないか観察するだけでも数年はかかります。それがうまく行ったとしても、ひとつひとつ作っていたのでは埒が明きません。人の臓器にこんな言い方は不謹慎かも知れませんが、量産するためには、さらなる技術の確立とお金が必要となります」
「スポンサーは着くでしょう」
「国立大学の場合は、お金集めにも、色々と制約がありましてね。そう簡単にどこからでもお金を出してもらうという訳にも行かないんですよ。税金を使って研究している訳ですから、申請をして予算措置を待たなければなりません」
「なら、いっそ私学に移られてはいかがですか? そこで、もっと自由に研究を進められては? それなりに名のある私立大学の医学部で、先生を教授としてお迎えしたいというところがあります」
「え? 教授ですか? いえ、私は森教授の研究チームの一員に過ぎません。他大学に移るということは、今の研究から離れることになってしまいます」
「そうでしょうか? 森教授の実績として報じられていますが、実際の研究主体は高山准教授だという情報を、私は得ていますが…… 」
「誰がそんな…… 」
「私は企業人ですよ、先生。経営者はあらゆる情報を他人より先に得なければ、競争に打ち勝つことは出来ない。それなりの情報網は持っていますよ」
「…… ふう」 
とため息をつく。そして、
「例え、私が中心になって研究したことであっても、森先生の指導を得て成果を上げることが出来たのです」
と続けた。
「そうですか。…… でも、せめて共同研究者として、高山准教授の名前が出てもいいのではないですか? 」
 高山は下を向いて、しばらく黙っていた。そして、思い切ったように言った。
「森教授は、あと2年で定年退官されます。その後は、実績を手土産に報酬の良い私学に移られるのでしょうが、後任には必ず私を推すと約束してくれています」
「なるほど、そういう取引でしたか。いや、悪い意味で言っているのではありません。取引は経済人に取っては当たり前のことですから。私学に移って教授になるよりも、出来れば国立T大の教授になる方が良いというお気持ちも分かります。
 貴方はまだ若い。森教授に花を持たせて送り出し、T大教授の椅子を手に入れられるならば2年くらいは待っても良いと思われたのですね。そうなれば、お互いWin−Win。そういうことですね」
「ええ。まあ」
「失礼ながら、貴方が私の部下なら、お前は甘いんだよ、と怒鳴りつけているところですよ」
 園田が笑いながら静かに言った。
「え? 」
「頼りは森教授の言葉だけですよね。いや、森先生を疑えと言っているんじゃありませんよ。
 森先生が後任決定にどれほどの影響力をお持ちかは分かりませんが、独占的に決定権をお持ちという訳ではありませんよね。
『済まん。教授会で強力に推したのだが、力及ばなかった』
と言われたらどうなさいますか? やめて行く方に、それほどの影響力があるとは私には思えないのです。今回の成功を除外した上でも、高山先生の実績は、他の准教授の方々の実績をはっきりと上回っていると言い切れますか? この成功が最大のアピール・ポイントではないのですか? それを捨てても、教授選考に勝てると思うのは、商売人から見たら甘すぎると言わざるを得ませんね。
 森教授の言葉だけに頼るのは無謀としか思えません。私なら、そんな約束に自分の人生を賭けるなんて真似はしませんよ。譲ってしまったものは仕方ありませんが、これから、それ以上の成果を挙げることが出来れば、してしまったことは帳消しになります。微力ながら私なら、先生にその機会を提供することが出来るのです」

 この場は、「少し考えさせて欲しい」ということで別れたが、移籍先の大学の理事長に引き合わせるなどして、園田は執拗に高山を口説き、結局高山准教授は落ちた。
 もちろん、全面的に研究をバックアップすると約束し、高山研究所の設立に資金提供した。

 高山は、臓器を大量に生産出来る体制を整え、移植医療に革命を起こすことを目指し、園田孝明のバックアップを期待していたが、孝明の目的は、飛翔の再生である。その真の目的を高山教授が知った時には、既に高山は孝明に丸抱えされている状態に陥っていた。
「それは、法律的にも、倫理的にも絶対に出来ないことです。いえ、してはならないことなんです」
「ええ、承知していますよ、充分。承知の上で、私の残りの人生のすべてを賭けて飛翔を復活させたいと思っているんです。そのために貴方を獲得した」
 高山は、自分が人生の選択を誤ったことを悟った。嵌められたと思った。国立T大をやめたことを悔やんだ。そして、すぐにでもこの男から離れなければならないと思った。
「申し訳ありませんが、私には出来ません」
「すぐに理解して貰えるとは、私も思っていない。まあ、時間を掛けて話し合いましょう」
「いえ、これは、そういう次元の話ではありません。生命倫理に関わる問題です。話し合ってどうこう出来る問題ではないんです」
「私は一代で今のグループを築き上げた。息子は、私から見ればまったく物足りないが、それなりに後を継いでくれています。問題は3代目でどうなるかだと思っていた。飛翔は成績は良かったが、正直、それほど期待していなかった。
 小さい頃から金を掛けて教育したのだから成績が良くても当然だが、それで優秀な経営者となる素質があるとは言えない。その飛翔がT大に行きたいと言い出した頃、一時、後継者とすることを諦めたんですよ。官僚や政治家になるのも良いと思いました。
 ところが、大学卒業の頃、うちのグループ会社の中でも一番業績の悪い会社に願書を出したんです。息子、つまり飛翔の父親は戸惑っていましたが、私は、面白いと思いました。そして、飛翔のビジネスマンとしての可能性を見てみようと思ったんです。周りは、私のバックアップがあったと思っていたようですが、私は一切手を貸さなかった。
 それにも拘わらず、飛翔は、驚くほどの成果を挙げました。嬉しかった。自分が元気なうちに手許に置いて徹底的に経営者としての教育をしようと思い、タイミングを見計らっている時でした。  
 …… そんな或る日、突然 …… 突然です…… 」
 それまで冷静に話していた孝明が感情を抑えきれなくなって行くのが分かった。
「ゴミみたいな男に、理由も無く殺されたんです。おまけに、その男は、心神耗弱とされ無罪。殺してやろうと思いました。そんな時、貴方の研究成果を知ったんです。あんな男、百万回殺してみたところで飛翔の命に代えることはできない。もし、飛翔をこの世に蘇らせることが出来るなら、その方がずっといい。そのためには、すべてを失っても構わない。そう思いました」
「…… 法律に違反するばかりでなく、倫理的にも技術的にも、それは無理な話です。また、仮に出来たとしても、それは飛翔さんを蘇らせることではなく、遺伝的には同じでも、全く別の人間を作るということに過ぎないんです。後天的な条件によって、飛翔さんと同じには育たないんです。その考えは捨てて頂けませんか」 
「今まで貴方のために使った金の多くは、私のポケットマネーではありません。会社の金です。正式にスポンサーとして出した金も有るが、会計法上、問題の有る形で支出したものも少なくはないんですよ」
 高山は一瞬凍り付いた。園田孝明は、すべてを失っても孫のクローンを作りたいと思っている。もし高山が断り通したら、例え罪に問われることになっても、高山の将来を完全に潰しに掛かるだろうと思ったのだ。

 2年後、高山教授がips細胞を使って、禁止されているクローン人間を作ろうとしていたことが発覚し逮捕された。
 園田孝明の依頼によるものであることも分かり、この研究について、園田グループから多額の資金が提供されていたこと。また、その多くが不正支出であることも疑われ、園田孝明が背任容疑等で逮捕された。研究がどこまで進んでいたかは公表されなかった。
 この事件は、マスコミの攻撃の恰好の的となった。
 飛翔が殺された事件も蒸し返され、クローン製造に関する論議、所属大学の関与がどこまであったか、高山教授と園田孝明の関係、大学と園田グループとの関係、飛翔を殺した犯人のホームレスが心神耗弱により無罪となったことに関する論議など話題に事欠かず、あらゆるマスコミは連日連夜この問題を報じた。
 中には既にクローン製造に成功していたと報じるメディアもあったが、具体的根拠を示すものではなかったので、一般には憶測記事として扱われた。高山教授と園田孝明は実刑となり服役した。

 それから70年ほどが経過した。国中にロボットが溢れている。作業現場で使われるロボットは、人口知能を搭載してはいるが、そのほとんどが人の形はしておらず、外形上は単なるオートメーション機械に過ぎない。ただ、同じ作業を繰り返すだけでは無く、製品の形状を測定し必要な作業を選択するなどの機能を持ち、少量多品種の製造や、サンプル製品の試作にも使うことが出来るようになっていた。また、作業ごとに自ら検品を行うので、検品という工程は姿を消した。
 屋外用の作業ロボットは、それまで、複数の重機を使い分けなければならなかった工事を一台で処理することが出来る汎用性を備えるようになっていた。
 また、センサーや自動姿勢制御機能を有するようになったことで、転倒事故や、架線に触れたり、ガス管・水道管などを破損したりすることも無くなった。
 一方、バイオテクノロジー技術によるロボットも、実はある時期を境に、多量に製造されるようになっていた。こちらは、工場や土木・建設の現場ではなく、サービス業や介護施設、家事使用等に用いられ、人間と同じ外見を持つものであった。

 バイオテクノロジーによるロボットが製造されるようになったのは、労働力不足が原因であった。
 高齢化時代を迎えることが確実になり、その対策として、政府は、女性・高齢者の活用。出生率の増加促進などの政策を打ち出したが、いずれも泥縄式であり、問題解決に至るまでの効果を上げることはできなかった。
 労働力の不足を具体的に補ったのは、外国人労働者であった。公式には外国人労働者の出稼ぎを政府は認めていなかったが、業務研修や留学という形を取って、アジアやアフリカからの労働者は増え続けた。
 飲食業に於いては、店員のほとんどが外国人という店も珍しくなくなり、都会から始まったその現象は、やがて地方まで広がって行った。作業現場にも、褐色や黒い肌を持つ労働者の数が増え、運転手の中にも彼らの姿が多く見られるようになって行った。
 ただ、法の盲点を潜るようなやり方は、犯罪の増加にも繋がる。暴力団の介入により、騙されて劣悪な環境での労働を強いられるケースや人身売買紛いの犯罪も増加し、一方で外国人労働者の地位を向上させ、賃金をはじめ、すべての面に於いてこの国の人と同じ待遇を求める運動が活発化した。
 現状を追認するような形で、政府も遂に外国人単純労働者受け入れを完全に認める『外国人または外国籍の労働者雇用に関する基本法』等の施行に踏み切る。
 だが、10年ほどで状況が一変する。外国人労働者の多くを占めていたC国人労働者が激減するのである。
 C国は21世紀になって急激な経済発展を遂げたが、世界一の人口を誇る国でもあった。経済発展をしたとは言っても、その恩恵を受けられる者はいくつかの大都市や特区に住む者に限られ、国の大部分を占める地方に於いては、数十年も遅れた生活を送る国民が多数居た。
 農村から都会に出て一旗挙げたいと思うのは当然のことだが、この国の制度上、そう簡単に農村出身者が都会に住むことは出来ないという事情があった。
 そんなこともあって、母国が経済発展を続けているにも関わらず、他国に出稼ぎに行く者が多くなった。
 ところが、そのC国の人口が激減し始めた。長い間取っていたひとりっ子政策の影響が出て来たのだ。政府はその政策を緩和する方向で人口調整しようとしたが、ひとりの子供に金を掛けて教育を施し、将来の出世に望みを託すという考えが国民の間に浸透してしまっていたため、うまく行かなかった。
 C国はこの国を凌ぐスピードで高齢化社会に移行して行く。
 それに加えて、世界大戦後C国に併合された国や周辺民族の独立の動きが活発化して行った。経済が停滞し、多くの問題が噴出したことにより、政権は崩壊の危機に陥る。
 国内問題から国民の目を逸らすために国際問題に国民の目を向けさせようとする政策もうまく行かず、不法とされるデモも頻発し、強硬策を継続すれば崩壊する事態に至ることが目に見えて来た。
 土壇場で穏健派が無血クデターにより政権を掌握する。周辺民族の独立を容認し、言論統制を大幅に緩和。旧特権幹部を追放。都市住民と地方住民の法的差別を撤廃するなどの政策を次々と実行し、かろうじて目前の危機を回避することが出来た。
 しかし、イデオロギーに拘る勢力の反発、抵抗は激しく、言論統制が緩和されたことにより、指導部批判も活発化し、2次、3次の危機が訪れる可能性が高まった。
 政府は、経済復興に賭けようとする。しかし、かつての人口大国の労働人口が足りないのだ。政府は世界中に散っている同胞に、即時帰国して国家の危機を救うよう呼びかける。

 この国から、C国労働者の姿が消えた。
 母国の経済が発展したアジア諸国からの出稼ぎ労働者も減って行く。今度はこの国が労働力人口の決定的不足に陥ってしまった。特に飲食系サービス業に於ける労働力不足は決定的となり、チェーン店を展開している大手は、相当数の店舗閉鎖に踏み切らざるを得なくなり、それが原因で倒産する大手チェーン店もあった。
 この現象は単にサービス業の問題に止まらず、各方面に影響を与えて経済が落ち込んで行く。製造業・建設業はもとより、サービス業に於いても機械化が更に進んで行く。
 人工知能を搭載した人型ロボットは、最初は物珍しさも手伝って好評だったが、時が経つに連れて飽きられる。
 人が機械を擬人化して捉えるのは一時的な現象であり、錯覚に過ぎない。根本的には、機械を生命体と同一と認識することは無い、という研究結果が発表される。犯罪が増加したことも、こうした機械化に関連付けて、ひとの心に潤いが足りなくなったため、という論評を展開する評論家も現れた。
 特に介護現場や単身高齢者家庭で家事や介護に使用される人型ロボットが、本当に人の心に潤いを与えているのかという議論が活発化し、独居老人家庭については、ペットなど、生有るものを平行的に活用したり、自治体の担当職員や民生委員などが、もっと頻繁に巡回訪問する必要があるという意見が大半を占めるようになる。

 そんな中政府は、比較的早い時期から、es細胞、ips細胞を使ったクローン技術の限定的解禁についての検討を始めていた。百年ほど前に起こった、高山教授による人体製造未遂事件の研究記録が、テキストとして使われた。研究記録は極秘資料として歴代内閣に受け継がれていたのだ。

 こうした経緯を経て、やがて、接客業や、家事使用、介護施設に於いて使用されていた人口知能を搭載したロボットは、徐々に、バイオテクノロジーを使って製造された人型生命体に置き換えられて行く。
 ただ、このパートル(Person type living entity)と名付けられた『バイオテクノロジーを使って製造された人型生命体』はヒトなのか、また、人の心に癒しを与える存在と成り得るのかどうかということは、大きな疑問を以て引き継がれて行く問題となる。政府は、ヒトとは異なると定義していた。だが、その根拠とする理由について納得する者は少なかった。
「パートルには、意思及び根源的な創造力が有りません。しかし、決められたプログラムに従いながらも、独自性を以て作業することが出来ます。状況に応じた判断力は有りますから、多少の創造力と言えるものは有していると言えるかも知れません。意思が無いので反抗することは無く、安全性は確保されています。感情は肯定的なもののみを有します。喜びは感じても悲しみは無いのです。従って、パートルが悲しんだり苦しんだりすることは有りません。そういう意味で、パートルはヒトではないと定義しています」
 方針決定の当初、国会に於いて首相はそう答弁した。
「まったく非科学的で観念的ではありませんか。そんな答弁で納得出来ると思いますか?」
と野党議員が追及する。
「非科学的で観念的と仰いますが、これは科学者、医師、哲学者、法律家に加えて、人権擁護団体の代表まで含めた専門家を集めた検討委員会で出された結論をもとに決定した見解です」
「その専門家とやらの人選に関しても我々は疑義を持っています。労働力不足に対処するために、政府主導で強引に決定されたものではないのですか? 」
「そういうことはございません。人選に関しては、各界のご意見を伺いながら進めたものですし、議論の方向性に政府が関与した事実はございません」
「それなら具体的に説明してください。ヒトとパートルの違いについて、もっと具体的に説明していただきたいんですね。機能の違いについて、何らかの規制を掛けて機能を制限しているものなのか、初めからDNAに加工を加えたものなのか、その辺はどうなんですか? 」
「今回認めることにしたのは、飽くまでパートルのいう人型生命体についてでありまして、ヒトを人工的に作ることは、過去も現在も、そして未来に於いても決して許されるものではないと思っています。パートルの構造、或いは製造過程を公表することは、ヒトそのものの製造に繋がる危険性が極めて大きくなるため、国家の安全に関わる『情報保護法』の規定に従い非公開とさせて頂くことを決定しております」
「そんな危険な技術を、一体誰が管理するんですか。それが漏れれば、独裁者が完全な影武者を作ることも出来るし、優秀な兵士の遺伝子を使って、昔の映画にあったようなクローンの軍隊を作ることも可能になるるんですよ。また、パートルだって、テロ組織に渡れば、自爆テロをいくらでも起こせるようになるんですよ。そんな危険な、しかも生命倫理に反するような技術は絶対に認める訳には行きません」
「管理については、常設監視委員会を作って、徹底的に監視します。ご懸念の各ケースについては、確かに技術が流出した場合の危険性は考えられますので、監視委員会の下に、パートルに関する技術を守り、またパートルに関する機密の保持を徹底し、その利用に関して問題が起きた場合に備えて、専従の警察組織のようなものを作り対処する考えでおります。倫理的な問題については、先ほどご説明した通り、既に検討委員会に於いて結論が出されております」

 国会は紛糾したが、結局数の力によって可決され、パートルが実用化されることになったのである。

 それから、かなりの年月が経過していた。紆余曲折はあったが、パートルはもはや社会に溶け込んでいた。
 そして、監視委員会の許に設置されたパートル技術及びパートルそのものを監視するための警察組織であるPSP(Pertle Surveillance Police)はその権限を強め、当初は捜査権のみを有し逮捕権を有しないものであったものが、パートルが関わる犯罪に於いては、秘匿事項が多いことを理由に、あらゆる犯罪について警察に優先して逮捕起訴までを行えるようになり、大幅に増員もされていた。
 そして、パートル技術を盗んだ犯人について、それを取り逃がす恐れがある時は、技術が漏えいした場合の危険性を考慮して犯人を射殺し、パートルを破壊することが許されたばかりで無く、犯罪を未然に防ぐため、盗聴、ハッキング、潜入捜査といったものまで認められるに至っていた。
パートルに関して政府は、飽くまで『破壊する』という言葉を用い、『殺す』と言う表現は徹底的に否定した。


「この中にPSPのスパイがいる」
 フェニックスと呼ばれているリーダーが、仲間を見渡しながら言った。
 メンバーは仲間の顔を互いに見るが、次の瞬間、ひょっとして自分が疑われているのではないかという不安に襲われる。
「誰か分かっているのか? 分かっているなら言ってくれ」
 バレーと呼ばれる男が聞いた。シリコンバレーで働いていたことがある男だ。
「レッドお前だよ」
 フェニックスに名指しされた赤ら顔の男は、特に表情を変えることは無かった。
「フェニックス。何かの間違いだ。俺はPSPのスパイなんかじゃない。誰がそんなことをあんたの耳に入れたのかは知らないが、そいつこそ怪しい」
「告げ口ぐらいで、俺が仲間を裏切者呼ばわりすると思うか? みんな」
「思わねえ。フェニックスがそう言うからには、確かな証拠があってのことだ。レッド、お前がスパイだったとはな…… 」
とバレーが言った。他のメンバーも一斉にレッドを見る。
 レッドは、今度は慌てた。
「いや、違う! 俺はスパイなんかじゃない。な、みんな信じてくれよ」
 そう言って皆を見回す。
「レッド。お前の言うことを信じるということは、フェニックスの言ってることを疑うということだ。俺たちがどっちを選ぶと思う? 」
「フェニックス。言ってくれ。俺が何でスパイだと思うんだ。理由を教えてくれよ。納得出来ない」
 レッドは必死になった。フェニックスは掌に乗せたリモコンのスイッチを入れる。
 壁に埋め込まれたディスプレーに映し出されたのは、PSPの制服を着たレッドの写真と経歴だった。
「レッド。いや寺川警部補。こんな証拠では不十分か? それとも、偽造データだとでも言い張るつもりか? 」
 レッドこと寺川警部補は観念したように項垂れた。15人ほどのメンバーのうち、寺川の周りに居た2人が寺川を押さえつけ、後ろ手に手錠を掛ける。
「寺川さん。パートルが実は完全な人間であることを知っていたのか? あんたと同じ人間なんだよ。それをBiological Basic Regulatorという制御ユニットを埋め込むことによって、意思や創造力を奪い、ロボット化しているんだ。つまり、22世紀のこの国に於いて、新たな奴隷制が始まっているということだ。それが分かっていて、あんたはPSPの一員として働いているのか? いや、これは奴隷制より更にひどいことだ。分かっているのか! 答えろ!」
 レッドは下を向いたままだった。バレーが寺川の髪の毛を掴んで上を向かせる。寺川は頑なな表情のままフェニックスを見た。そして、尋ねた。
「PSPのセキュリティーはこの国最高のものだ。俺のデータをどうやって盗んだ」
「天才ハッカーはPSPにだけ居る訳じゃない。俺たちの仲間にも居るんだよ。もうすぐBBRつまりBiological Basic Regulatorのシステムの解明が完全に出来る。そうしたら俺たちはすべてのパートルからBBRを取り除き、彼らを解放するための作戦を開始する。今までのことは忘れてやる。考えを改めて、レッドとして本当に俺たちの仲間になる気はないか」
「BBRが人間性を奪うための装置だなんてことはお前らの妄想だ。BBRは、単に生命活動を維持するためのコントローラーに過ぎないんだよ。パートルは初めから人間ではない。人工的に作られた別の生命体に過ぎないんだ。BBRの機能を解除してみたって、パートルが人間になるなんてことは有り得ない。お前らこそ目を覚ませ。一生監獄で過ごしたいのか? どうなんだ? 」
「ふ〜ん」
と言いながら、フェニックスが腕組みをした。
 そして、
「PSPはそういう風に隊員を教育しているのか。分かった。BBRを取り除かれたパートルが人間に戻るところを近いうちに見せてやる」
と言った。
「それをやろうとした時、お前らは絶望のどん底に突き落とされるだろう。パートルを人間にするなんてことが単なる幻想だったと分かってな。
 昔、共産主義が理想郷を作ると信じていた連中と変わらんな。奴らの盲点は、人間には欲望があるってことを見ようとしなかったことだ。お前らの盲点は
『人間とは、両親の間に生まれたもののみを言う』
ということを理解していないということだ。
 例え外見がどんなに人間に似ていようと、また仮に、すべてのことを人間と同じに出来たとしても、生殖によって両親の間に生まれたものでない限り、それは人間ではない。単なる細胞の塊に過ぎないんだよ! 」
「こいつを監禁して置け!」
 フェニックスが不機嫌に怒鳴った。その姿は、園田飛翔に瓜二つだったが、生前の飛翔が不機嫌に怒鳴るなどということは、ほとんど無かった。

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2019/10/14 14:02 青木 航



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