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現代小説/歴史小説

『ねえ佐伯さん、憶えていてね。』

辻りん子著



朝日がカーテンを透かしている。
その隙間から漏れる細い光が白い壁にのびている。
気だるいまどろみの中で、わたしは見た。
「ん…。」
あれからまた、どれくらい眠ったのだろう。
真夜中、ベッドの中で談笑をしていたわたしたちはいつしか寝ていたようだ。隣で先輩の寝息が聞こえる。

昨晩は、研究室のみんなと飲んでいた。
課題提出が終わり、スキップしながら飲み屋に入ったことは覚えている。
あと、日本酒を二合まで空けたことも。
そのあとへべれけになって、一人暮らしの佐伯さんのおうちに泊めてもらうことになった。
なんか知らないけどお風呂も借りたみたいだ。毛先がすこし湿っている。

「俺の腕枕、寝心地良いって評判なんだぜ。」と言われ「そこまでいうなら、ぜひ試しましょう?」と、そのままノって、気が付いたら寝てしまった。
佐伯さんには、年上の彼女がいる。結構ながく付き合っていると聞いた。
わたしはいまフリーだから、別に男と寝ようが関係ないけど、佐伯さん、何考えてんだろ。

時計は六時すぎを指しているだろうか。コンタクトレンズを捨てたせいで、視界がぼやけている。
そういえば、先輩、確かバイトとか、言ってなかったっけ…?
「佐伯さん、朝ですよ。」
先輩は山の様に動かない。揺すっても、ぐずったような声だけだして、動かない。
壁のほうを向いて、背中を丸めている。わたしはベッドの上で上半身を起こして、胎児のような先輩を眺めている。
襟足からのぞく、女の子みたいに真っ白なうなじ。ごつごつした骨の突起が男らしさを見せつけている。
Tシャツを引っ張る大きな肩甲骨。この広い背中に先輩の彼女は包まれる。今まで何人の女の子が、この背中に爪を立てたのだろう。赤い線が、引かれたのだろう。
数時間後には消えてしまう跡が。
「ん…、ちーちゃん、いま何時。」
そんな妄想をしていたら、先輩が起きた。
わたしは、はっとして、慌てて答えた。
「あ、おはようございます。六時過ぎですよ。」
「あ、まじ…?」
「バイトって、確か、言ってませんでした?」
「…ん…、めんどくさくなっちゃった。」
苦いものを食べたみたいに、顔を一瞬、皺皺にして、ケータイからメッセージを送っている。バイトの代りを探しているのだろう。
「ずる休みしちゃうんですか?佐伯さん?」
にやにやいじわるな顔をして、わざとらしい声でわたしは聞いた。
「ん?有給だよ。有給。」平気な顔して言っているけど、
ちょっと焦っているの、声に出ていますよ。
「代打、探してるんですね。」いじわるなことを聞いたけど、わたしの所為でもあるんだよな、とちょっと気持ちがひやりとする。
「うん。そうとも言う。」
無事に代打が見つかったのか、ぽい、と床に落ちているクッションにケータイを投げ、その手でわたしの髪をゆるやかになでた。
頬にかかる髪を耳にかけて、男の人の手のひらを感じる。女の子の手にはない、魅力。
「ちーの髪はきもちいいな。」
先輩が右腕を枕の下に伸ばして「おいで」と優しい声色でわたしを呼ぶ。
わたしは身を寄せ、腕に頭を乗せて、胸元におでこを寄せた。先輩のにおい。
洗濯物が上手だなあと思いながら、めいっぱい息を吸い込んだ。
「ふふ、かぎ過ぎだよ。犬か。」
「先輩、洗濯物が上手ですね。服からいい匂いしますよ。あと…肌も。佐伯さんの匂いがする。」
くんくん、首筋に鼻を寄せて、肌の匂いを堪能する。
男の子の、いい匂い。健全な匂い。
甘い匂い。
撫でていた手が止まり、ぽんぽんと頭を叩かれた。優しい叩き方。
「そういう恥ずかしいこと言わないの!」
「えーだって、本当なんだもん。なんか、安心しちゃうー。」
すりすり。
あったかい中で、トントン、トクトクって心臓の音が、かすかに聞こえる。
睡魔が、浜辺を浸食する波のように、暗いあったかい場所にわたしを引きずり込んでいった。

頬に、なにか触れている。あったかい。手のひら?
あれ、もしかして、佐伯さんは、わたしの事を彼女だと勘違いしている?
もしかして、このままキス…さちゃう…!?
キスをされてしまうかもしれないけれど、このまま目を開けるのもなんか風情がないというかそういうわけではないけど、
期待しているわけでもないが、いやでもまてよ、これはどうしたらいいんだ。
目を閉じたまま、正確には、一切動かずに事は解決した。すっ、と先輩の手が引いた。
どきどきが、鳴り止まない。
何もなかったんだから、いいんだ。これで。だって、研究室の先輩とキスなんて、
そんなことしたらまた友人たちから「ビッチ」って言われてしまう。
これでよかったのだ。だってわたしたちは添い寝フレンドになったばかりなのだから。
そう思っていたら、右腕が頭を引き寄せた。わたしのおでこが先輩の唇に当たっている。
柔らかい。目の前は先輩の白い首筋。
いい匂いがする。たっぷり先輩の匂いを楽しむ。
「なあ、ちーちゃん。」
「あ、起きちゃいまいた?うふ。」
「あー、うん。あのさ。」
「はい、なんでしょう?」
「いや、いい。なんでもない。」
わたしの目をみつめていた黒い瞳は閉じられた。わたしを見てくれなくなった。
わたしは先輩の胸元に手をついて揺すった。
「えー、なんですかあー教えてくださいよう」
しばらく、悩んだ先輩が、こちらを向いた。
黒いまあるい瞳が私を見つめる。やばい、わたし、すっぴんなんだけど。
甘い低い声で、先輩が
「ねえ、キスしてもいい?」と、乾いた喉で、切なそうに言った。
「え?えーっ!?いや、そりゃそうですよね、そうなりますよねえ…。」
視線をきょろきょろあっちこっちに泳がせる。そりゃあ、一つ下の、とはいえすっぴんだけども
女の子が一人暮らしの家で同じベッドでこんだけくっついて隣で寝ていれば、そりゃあそんな気持ちになるのもわかります。
「…うん。いいよ。」数秒の間をおいてわたしは、黒い目を見つめて答えた。
いいよ。の声は、ちょっと女の子っぽく。甘えるように。
視線に耐えきれなくなって、佐伯さんの胸におでこをあて、うつむいてしまう。
もう、恥ずかしくて顔が見れない。
わたしの顎に節くれだった指がかかる。右腕に力がこもるのが、わかった。
ああ、唇がもってかれる。
「うわあ、やっぱり恥ずかしいです!」
咄嗟に両手を顔の前にかぶせて、かくれんぼ。
「こら。」「やだあ。いいよっていったけどやっぱりはずかし」枕にしている腕を、器用に伸ばして(先輩は腕が長い)わたしの両手首を、
それぞれの手でつかみ剥がした。
ベッドに縫い付けられた私の手首。もう逃げられない。迫る熱。
観念して、目蓋を閉じた。
佐伯さんの匂いが強くなって、わたしは、とろけた。


小説のコメントコメント
この作品の著作権は、作者である 辻りん子 さんに帰属します。無断転載等を禁じます。

他サイト様でも投稿させていただいたものです。
違った観点から感想をいただけたらと思い、投稿させていただきました。
どうぞ批評をお願いします。

2014/03/30 18:46 辻りん子



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