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現代小説/歴史小説

『電車を待ってて』

想人著



23時15分



私は池袋駅の時刻表示版を睨んでいた。乗らなくてはいけない電車が次、23:46に出ると表示しているところだった。

31分という時間。読書をする時間にしたら短過ぎる時間。トレーニングをする時間にしたら永遠と感じてしまう時間。しかし、電車を待つという時間にするとあまりにも微妙な時間だった。時刻表を見ていればこんなことにならなかったのだが、そんな暇もなかった。

私は彼女の家から帰宅中だった。正確には元彼女の家から。

彼女とは6ヶ月前、友達に紹介されて付き合い始めた。好きという言葉を具体的に説明することはできないものの、多分私は彼女のことを好きではなかった。元々、彼女と交際するのも気が進まなかった。ただ、女性と付き合ったことなかった私は今後、恋愛関係のことで尋ねられた時、一応経験したことあるという事実が欲しかった。履歴書に仕事経験を書くのと同じように。

けれど、そんな意思が態度に表れていたのかもしれない。自分ではわからない所で彼女を傷つけていたみたいだった。今日その不満の火山がとうとう彼女から噴火した。そのため、家から出る時、電車に合わせることができなかった。

私は小さく舌打ちをして、駅から出ることにした。夏の蒸し暑さも、構内で待つより、外で待った方がまだましかと思えた。あまり違わなかった。

池袋という東京きっての歓楽街も、31分という時間では堪能するには短過ぎた。いや、正確には既に2分経っていたため残り29分だった。

私はすることもなく、当て所もなく歩くことにした。

道端に座り込んだ酔っぱらいがいた。

彼を見て私は近くのコンビニでビールを買うことにした。

店内には店員が二人いたが、第三の店員は間違いなくエアコンだったと言っても過言ではなかった。

私はコンビニの中で飲もうかと思ったが、窓際に設置された小さな座席スペースの椅子は全てテーブルの上に置かれていて、まるで早く出て行けと言われているようだった。それに、酒は一人で飲む物ではない。あの道端に座り込んだ酔っぱらいの隣にでも腰を掛けるか、と一人勝手に予定を立てた。残り26分。

酔っぱらいは既にいなかった。24分。

私は仕方なく駅の入り口前のガードレールに寄り掛かり、一人寂しく飲むことにした。その頃、よくこの感情を体験していた。

私の前を、ワイシャツを着た男や妙に化粧気の多い女性の団体が鳴き声を出しながら歩き去って行った。蟬は夏だけの生き物なのに、こういう人間は冬にも存在するな。

そんなこと考えていると、横から呂律の怪しい女性に声を掛けられた。

「ねぇねぇお兄さん」

女は若く、なかった。40代前半か、少なくとも30代後半だろう。

私は自分に声を掛けられていることを確かめるため周りを見たが、女の声の方向にいるのは私だけだった。

「なに?逆ナン?」私は最初に思い浮かんだ言葉を口にした。

言った後に失礼だったかと思ったが、どうせ怒らせても今後一生会うこともないし、良いかと諦めた。

だが、私の心配など他所に女は笑った。嘘の無い笑いだった。

「違うわよ。お兄さん、自意識過剰でしょ」

駅からの明かりで照った女の頬は赤く光っていた。酒で酔っているのか、熱があるのか。いや、正確には酒を飲めば体温が上がるため熱を出しているのと同じなのではあるが。

私がそんなこと考えていると女は私に質問してきた。

「お兄さんタバコ持ってない?あたし切らしちゃって」

「いえ、俺は吸わないんで」

「あら、そうなの」女は少し驚いた顔をして言った。

駅の前でビールを飲んでいる人間はタバコを吸うものなのか、若い人間は吸うものなのか、それとも一般的にタバコを吸うのが普通なのか。この女が何故、驚いたのか少し不思議だった。

「だって、ほら、タバコ吸うと逃げなくちゃならないときとか簡単に息切れしちゃうじゃないすか」私は弁明するように付け加えた。何故弁明しなくちゃならないのか、今度は自分の行動が不思議だった。

「何それ」女は笑い、私と一緒にガードレールに寄りかかりながら言ってきた。「お兄さん、誰かから逃げてんの?」

「いや、でもひょったしたら逃げなきゃならない状況になるかもしれないじゃないすか」

「例えば?」

「例えば」私は女の向こう側にいる、タンクトップを着た男を示しながら言った。「あそこにいる男に絡まれたりするかも」

「変なの」

私たちから少し離れた所で、肩を担がれた男がタクシーに入れられる声がしてきた。肩を持っている男は、担がれている男の部下らしく、タクシーに上司を入れたあとも車が去るまで何度もお辞儀をしていた。そして、一人になると、溜め息を吐き、携帯を出して駅の中へ入って行った。

私はビールを一口飲んだ。

「お兄さん、これからどこ行くの?」女は駅に入って行った部下を目で追いながら訊いてきた。

「どこにも」私は何故か素直に答える気ではなかった。

「そんなことないでしょ」

「何でそんなことわかるんですか」

「人は皆んなどこかへ向かっているものだからよ」女は口に人差し指と中指を当てて言った。「向かってないと思った時は迷っているだけ」

私はタバコを持っていないことが少しかわいそうになった。

「じゃあ、あなたはどこへ向かっているんですか」

「わからない」女は少し笑って言った。

「今は何しているんですか?」

「休んでいるの」女はそう言うとガードレールから腰を離した。「休んでいたの」

そして、彼女は手を振って去って行った。

私はビールを飲み干して、缶を潰し、近くのゴミ箱に捨てて駅の中へ入って行った。

もう電車が来る、5分前だった。



小説のコメントコメント
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2020/08/31 00:07 想人



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