『機能不全家族』
T・K著
私は今、カーテンで囲まれた白い空間で、アナタを上から眺めている。
「二ヶ月ぶりですね」言葉を発するが、反応は薄い。
カーテンをひく音と共に、後方から声がする。看護師だった。
「失礼します。房枝さん。お薬を塗りますね」
布団を剥ぎ、手早く処置していく。
「床ずれが酷くなって、お辛そうなんです」
アナタの背部にある穴が、500円玉状になり、出血している。
相当酷くなった。
「痛い! 止めてくれ」
「房枝さん。薬を塗らなきゃ、床ずれが治らないからね」
処置が終わると、看護師は挨拶をした後、詰所へと戻った。
現在、鼻から管で栄養を摂るアナタは、物言いたげに私を見つめる。堪らず、一度も見舞った事がない、弟の名前を発した。アナタの自慢の息子の。
「功。見舞いに来ました? 何故来ないのかしらね」笑顔で言う。アナタの笑顔を見た記憶など無い。
身体全体が浮腫んだアナタの手が、こちらに伸びてきたから。反射的に避けた
「長生きして下さい。直ぐには逝かないでね」
早く逝きたいかもしれないけどね。
カーテンを開け、病室前の詰所へと向かう。
「娘さん。延命治療をご希望されるとの事ですね」
「お願い致します。父も他界しておりますので」と返して出口に向かう。
院外では森林の木立の中に、親子連れがいた。
すると不意に想起した。アナタは般若の様な形相で私に向かい、「なんの取得もないダメな子だ。全部お前が悪い」と罵しり、暴言と暴力を投げつけていた。
私は腫れた赤い頬を抑えながら、「全部自分が悪いのだと」責めていた。震えながら。
俺の元へ、姉から「あの人の延命治療する?」とのメールが久方振りに来た。 任せると答えた。
子供の頃は、あの人から期待され続けた。明らかに違う姉との待遇の差。俺は優秀だから仕方がない。姉が馬鹿だから悪い。と思っていた。あの人の言う通りにすれば、全て上手くいくと信じていた。間違い……だった。
「姉さん」森林の木立のすき間から声をかける。
「来たの」
「あの人は 」
「痛そうだったわ」
「それで?」
「生かしたわよ。死んで楽にさせたい?」
「……。もう行くよ」
俺は踵を返し姉に背を向けた。娘夫婦と暮らす姉は暖かい家庭へ戻り、俺は独り空虚な生活に戻る。
『失望』されていた姉と、
『期待』されていた俺と。
「被害者はどちらだった? お母さん」
永遠に答えが出ない問いを、光射す森林の木立に投げかけると、虚しさだけが募った。

この作品の著作権は、作者である T・K さんに帰属します。無断転載等を禁じます。
毒親は子供を自分の所有物だと思う傾向があるみたいです。
きちんと個々を認めてあげないといけません。
親から愛されない子供は、年を重ねても悲しいものです。
2019/01/17 22:39 T・K