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現代小説/歴史小説

『ふつうの日』

椎橋もえぎ著



 納骨の日は、澄み渡るような秋空だった。お寺で法要を済ませ、お焼香の残り香を漂わせた私は空ばかり見ていた。
見事な青空だった。雲ひとつなくて、ただただ青色だけが冴え渡っていて、宇宙が透けているような空。不純物が何もなくて、山の麓から湧き出る水みたいで、冷たくて気持ちがいい。新たに建立された父の墓石がそんな空に映えて静かだった。
 住職が念仏を唱えながら、塩や酒を墓石にまいた。ただの塩や酒が、魔法の粉や聖水みたいに舞い散って、綺麗だと思った。
透明に近いブルーの空に、念仏が吸い込まれていく。時折風が吹いて、卒塔婆がカタカタ鳴った。喪服に太陽の日差しが吸収されて、肩がしっとり温かい。
墓地がこんなに穏やかな場所なんて、知らなかった。私は眠ってしまうのではないかというほど、ふわふわとした心地で瑞々しい空の下、立っていた。

 七月に父が亡くなった。喉頭がんだった。
去年の冬にがんが父の喉を侵していると発覚した時、既にステージ四で、五年後の生存率は三十%だと言われた。
それから一年も経たぬ間に父はぽっかりと逝ってしまった。サスペンスドラマとかで、刑事が犯人を問い詰めるような、切り立ったがけっぷちから崩れ落ちるように、がらがらと父は死んだ。五十七歳だった。
 母は、がんの宣告を父が受けたときも、亡くなる一週間前に緊急搬送されたときも
「あの人は運がいいから、奇跡を起こすよ。なんだかんだ言って五年くらい生きるんじゃない」と笑った。
私は、たぶん、もうすぐ死んじゃうだろうな、長くても二週間だろうな、とぼんやりと、でも確実に思っていたので、それほど父の死に驚きはしなかった。
父が危篤になったと母から朝の四時に電話を受けた時も冷静で、歯を磨いたり、顔を洗ったりして小奇麗に身を整えてから病院へ向かった。
 父と母は特別仲がよいわけでもなくて、むしろ私が思春期の頃は毎晩のように喧嘩をしていた。
父は無類の酒好きで、でも決してカクテルとかブランデーを傾けているようなタイプではなく、いかに多くのアルコールを搾取できるかどうかで、酒を楽しんでいた。だから毎晩のように酩酊していたし、財布もカードも数知れないほど失ったし、ボーナスも酒代に消えた。
私の記憶の中の父はいつも頬を赤らめていて、素面でいた時の思い出なんて片手で数えられるほどだった。母も私もなかなか苦労してきたのだ。
 だから、法要の度に父の遺影を眺めてわんわん泣く母に些か困惑した。お通夜も葬儀も、四十九日も百か日も、母はびっくりするくらい涙を流した。
母のハンカチは涙でぐっしょりと濡れていたので、私がパリッとしたハンカチを差し出すと、それもすぐにふやかした。
ハンカチって涙を含むとこんなに重たくなるんだと感心してしまうくらい見事に泣いた。
一体どこからそんなに水が溢れるのだろうとぼんやり考えた。そういえば人間のほとんどは水で出来ていたっけ、なんて思った。
父は入院していても持ち前の我侭をこじらせていた。
病院食は味が薄いからと醤油をどばどばかけてむさぼる姿や、病室に酒を持ち込んで、主治医と婦長に怒られる背中、泊り込みで看病する母に夜中にアイスを買ってこいと首元だけ動かして命令するあご。身体の全てから、汚い父らしさが蔓延していて、私は見舞いに行くたび、げんなりした。
私が母だったら、そんな男が死んだら万々歳だな、と思ってしまうほどの素行の悪い父。あんな仕打ちを受けてなお、あなたは涙を流せるのね、と母の寛大さに尊敬を通り越してあきれるほどだった。
私はまだ、一度も涙を流していない。父が目の前でこと切れたその時も、主治医に死亡宣告を言いわたされた時も、火葬場で焼けて、骨だけになった時も私の両目はくっきりと父の死という現実を切り取って、情報的に脳みそに焼き付けた。
父が死んだ。さっきまで生きていたものが、死んだ。ただそれだけ。一がゼロになった。それだけ。そんな風に感じていた。
父が死んでも世界は何事もなく周っていた。人々は買い物をしたり、電車に乗ったり、ご飯を食べて、お風呂に入って、眠っていた。当たり前のように、仕事に行って、当たり前のように家に帰る。人々の日常を父の死が脅かすことなどなかった。
人の死なんてそんなもの。数多の生物の中で、たった一人なんてそんなもの。でもきっと母はそうではないのだな。世のお父さんを亡くした娘たちもそうではないのだろうな。きっとおかしいのは私なんだろうな。ぼうっとそんなことを考えてずっと形ばかり喪に服していた。

百か日と納骨を終えて、私は自分のアパートへ帰った。
四十九日までは、親族をそれなりに呼んで法要を執り行ったが、父方も母方も年寄りばかりで、足が悪い者が多かったので、百か日は内内で行うことになっていた。母と私と父方の祖母。たった三人だけの納骨式は本当に、あっさり終わった。
式が終わり、近くのチェーンの飲食店で、一応法事用の食事を取った。
予めコースを予約していたが、それが思いの他、豪勢で品数が多く、びっくりするほど美味しくて、夢中で食べた。
刺身は鮮度がいいし、てんぷらの衣はさくさくだし、茶碗蒸しには銀杏がちゃんと入っていて、デザートにケーキとオレンジピールのシャーベットまで付いた。
お通夜と葬儀の時の食事が箸を置いてしまいたくなるほど不味かったから法事のご飯というものに期待などしていなかったので、心地のよい満腹感でいっぱいで、いい気分だった。
お墓を建てるというのは縁起のいいことだと言われているので、今回の美味しい料理たちはそれにとても見合っていた。
私は鼻歌でも歌うような軽い足取りで帰路に着いた。鞄から鍵を取り出して、スムーズに鍵穴に差し込もうとしたが、妙に手が強張ってもたついた。地面から、じっとりとした陰湿な黒い塊がじわじわと登ってくる気配がした。
私は急いで鍵を回し、部屋の中へ入った。そんなに高くないヒールの黒い靴を脱ぎ捨てると、どこかに引っ掛けたのだろうか、右足先のストッキングには穴が開いていた。その穴がどんどん広がって、引き裂かれてしまうような勢いで疲れが押し寄せてきた。
法事のたびに私を襲う死の疲れだ。身体が鉛のように重くなって、まぶたを開いていられない。私は化粧も落とさずに、何とかパジャマに着替えて布団に倒れこんだ。
重い。圧迫されるような、鈍い痛みのような疲れ。身近の人の死を知るものだけに訪れる黒い圧力。抗おうにも、もがくほど深みにはまるぬかるみのような底なし沼に、私はずぶずぶとはまって、次第に意識を失った。

目覚めると、部屋の中は漆黒の闇夜に染まっていた。電気をつけて、時計を見ると夜の十一時を少し過ぎたところだった。
玄関先で襲ってきた不穏な塊は、些か姿を消して、こざっぱりとした感じだった。
でも、壁に掛けてある喪服や、脱ぎっぱなしのストッキングなどが目に入ると、やはりどこかずっしりとしていて、気だるかった。
お昼をあんなに食べたというのに、私のお腹は妙にしんしんと冷えていて、空っぽで、空腹だった。
何か食べるものはあったかと冷蔵庫を開けると、まるで私のお腹の中を具現化したみたいに何も入ってなかった。
冷蔵庫のモーターの音が耳の中に響き渡って、いけない、早くこの空虚な空間に物を詰めなくちゃ、という気分になった。
私はパジャマにジャケット姿という出で立ちで近くのコンビニへ走った。
軽快な音と共に、自動ドアが開いた。自分の部屋とは打って変わって、煌々と光り輝く店内は目まぐるしいほどの商品で埋め尽くされている。こんなに沢山の商品一つ一つが、誰かに必要とされて、需要があるからそこに鎮座しているのだと思うと、君たちは立派だな、と言いたくなる。
私は何となく、店内をぐるっと周って、缶ビールとおにぎりを二つ、朝食用にと菓子パンをひとつ手に取った。
レジに立つ青年は、浅黒い肌をしている外国人だった。目玉がぎょろりと飛び出していて、拙い日本語で会計をしてくれた。
缶ビールをスキャンすると『年齢確認商品です』とアナウンスが流れて、浅黒い彼はそれを手早く承認した。
こういった時、ああ、自分は大人なんだなとしみじみ思う。
高校生の時に友達と、ハラハラしながら一本のチューハイを買った時の緊張感だとか、背徳感とか、そういったもの、もう感じられないし、感じたいとも思わない。流れるままに、気が付いたら、平凡にお酒を買っても文句を言われない年齢になっていた。
ベルトコンベアに乗せられた商品みたいに歳をとっていく。
こうやって人はどんどん死に向かっていくのだ。絶対にその流れからは脱することは出来なくて、必ず、終点がある。父にとってそれが五十七年目に訪れただけで、それを短いだとか、早いだとか思うのはちょっと違う気がする。生まれたときからその道の長さは決まっているのだ。運命とか宿命とか、そういった類のものと同じだ。不慮の事故に遭って突然亡くなる人も、災害に巻き込まれて命を落とす人も、その人の寿命を使い切っただけだ。
だから、どうしてこんなに若いうちに、どうしてうちの子が、とか悩む必要はない。なるべくしてそうなったのだと、私は最近思うのだ。
コンビニを出る頃には日付が変わっていた。日曜日の夕方に感じるノスタルジックな雰囲気が私は苦手だ。休みが終わってしまうことに粘着している人々の嘆きがあちこちに充満していて、べとべとする。いっそ早く月曜日になってしまえと思うので、日曜日というボーダーラインを越えられて、清清しかった。
街灯に照らされた夜道をするする抜けて自宅へ向かった。ポケットから鍵を取り出そうとすると、玄関先に大きな人影があった。私は小さくため息をついて、その人物に声をかけた。
「おい健一。人ん家の前で寝るなよ」
 酔っ払って、夢と現実の境をさまよっている健一を足先で小突いた。健一はのっそりと顔を上げると
 「水。いっぱいだけ」と言ってまた夢の世界へ飛んでいこうとした。私は彼の頬をぺしりと叩いた。
 「ドア開けたいからどけよ。水飲んだらさっさと帰るんだよ」
 健一は素直に頷いて、亀のようにゆっくり立ち上がった。
高身長の彼が側に立つと自分がひどくちっぽけな存在のように思えてしまう。
私は開錠して、部屋に彼を招きいれる。ちょっと頭を低くして、玄関をくぐる健一をじっと見つめた。
 
 健一と出会ったのは四十九日法要の帰りだった。
私の住んでいる家と、母が暮らす実家はそれほど離れていなくて、法要を済ませた私は一度実家へ帰った。その時はまだ、お墓が建っていなかったので、遺骨を家まで運んだ。 
まだ五十代だったからなのか、もともと骨がしっかりしていたからなのか分からないが、とにかく父の遺骨はみっしりと詰まっていて、重かった。
亡くなる直前目にした父の姿はひょろひょろに痩せていて、ぽっきり折れてしまうような危うさを纏っていた。でもその皮の下に、こんなにも重密な骨たちが存在していたのだと思うと、人間というのは案外がっしり作られているものなんだな、と思った。
 四十九日でも、四六時中涙していた母と、紅茶を飲みながら他愛ない話をした。
「沢山泣いたのだから、水分を補給しなくちゃ」
そう言って母は熱々の紅茶をごくごく飲んだ。
白い湯気が、母の頬に触れて、まだ泣いているかのように見えた。
 母は喪服を脱いで部屋着に姿を変え、夕飯を食べていったらどうかと聞いた。
 「ひとりだとなかなか作らないものね。せっかくみっちゃんがいるんだから、今晩はお母さんがんばって作ります」
 そう意気込んでいる母に、いえ、帰ります、なんてこと言えず、私は喪服姿のままで、母の作った夕飯を食べた。母の手料理を食べるのはいつぶりかな、なんて思いながら、全体的に薄味の手料理を口にした。
 父は母の料理が嫌いだった。酒飲みだから、とにかく味の濃いものが好きなのだ。母の料理はどこか管理栄養士が作ったような感じがして、分量もきちんと測って、見た目も料理本に載っているような彩を意識したものだった。
私が実家にいた頃は、まだ、三人で食卓を囲んでいたが、私が家を出ると、父は自分の食事は外で済ませたり、コンビニ弁当を買ってきたりして、ひとりで食べるようになった。
それでも母は、父が食べるかもしれないと、二人前必ず作って、結局口にしてもらえず、二人分自分で食べていた。
私が家を出てから、母がどんどん太って、ジムに通おうと思っているのと耳打ちされた時、思わず「食べる量減らせば? 」と露骨に変な顔をしてしまった。
父を亡くした後の母の手料理はどこかほろ苦い。寂しさとか、懐かしさがいっぱい詰まっていて、食べているのにちっとも満たされなかった。
食事を終えて、実家を出る頃、夜はとっぷり更けていた。私は何だか夜風に吹かれたくて、歩いて自宅へ向かった。
アスファルトに、街頭の光が伸びて、そこをカツカツと黒一式の姿で通るのが小気味良かった。
車が吐き出す排気ガスも、人々の織り成す雑踏も、全てすぱっと両断してしまうほどの鋭さがその時の私にはあった。刃の切っ先のような冷たい切れ味が私に触れた人を切り裂くだろうと思った。
だから、自宅前のゴミ捨て場で、漫画みたいに潰れて眠っている健一を見つけた時、この小汚いものを何とかして、綺麗さっぱりさせなくてはいけないという一種の義務感が生まれた。
私は酔いつぶれてどろどろになっている青年に声をかけて、自室に運んだ。
ソファへ横にして、水を持っていくと、彼は砂漠をさまよっていた旅人のように一気にそれを飲み干した。
切れ長の瞳が、私を捉えて、青白い顔で小さく頭を垂れた。黒く癖のある髪の毛が揺れる。
身体の大きさのわりに幼い横顔を見つめて、もしかしたらこの子、未成年かも、と思っていると、何を思ったのか彼はふらつく頭で、でもはっきりとした口調で
「別に襲ったりしませんよ。俺ゲイだから」
 と言った。
 告白したわけでもないのに、振られてしまったような気分だった。
私が面食らっていると、健一は蕩けそうな瞳でソファに崩れ落ち、そのまま眠ってしまった。
翌朝、私は自分のベッドで目覚めると、ソファに他人が眠っていることに少し驚いた。そして、ああ、そういえば拾ったんだっけ、と子猫でも連れ帰ったような心地になった。
少しして目を覚ました健一にコーヒーを差し出すと、素直にマグカップを受け取って、大きな両手で包み込むみたいに口をつけた。
恐る恐る年齢を聞いて見たら「来月十六になる」と言い、ということはまだ十五歳かよ、と冷や汗をかいた。
骨格が良くて、背も高いので、大学生くらいかと思っていた。大変なことをしてしまったかも、と嫌な汗が止まらなかった。
それからというもの、健一は野良猫のように、たまにふらっと私の家にやってくる。
泥酔している時もあるし、意識がはっきりとしている時もある。平日の夜に現れたり、休日の昼に寄ったり、実に気ままだ。
健一が来ると、私は彼を部屋へ上げ入れる。そして、特に何をするわけでもなく、同じ空間で同じ時間を過ごすのだった。

「健一、嫌なことあった時、酒に走るの止めな。うちのお父さんみたいになっちゃうよ」
ソファでぐったりしている健一に水を差し出すと健一はショットを飲むみたいに一気にあおった。
「いいんだよ。俺、三十で死ぬから。子孫とか残せる身分じゃないし、さっさと終わらせるよ」、
健一は自棄になってこんなことを言っている訳ではないということを私はちゃんと分かっていた。
私は父を亡くしてから、死の香りに敏感になっていた。
私たちの日常のそこかしこに、死の気配はあって、その片鱗を最近私はよく感じる。でも、普通に生きている人たちはそれに気が付かない。気が付かないふりをしている人もいる。それが正解だとか、賢いだとか、そういうのは人それぞれだと思うけど、見えるものを見ないように避けるのはやっぱり駄目だと思うのだ。
明るい未来しか信じて止まない者たちがはびこる世の中で、健一はしっかり死と向き合っていた。
「終戦記念とか、3.11から今日で何年です、とか、あれってずるいよね。その時だけ、死を思い出そうとしてる。違うんだよ。本当は死っていうものは常に近くにいるんだ。それがたまたま何かがポンって破裂して、多くの人が死んだりするとすごく嘆く。そんな破裂がなくても、この世界では人はどんどん死んでるのに。そのことに多くの人は触れないし、気付かない。でもたまに思いださないといけないって胸がもやもやするから、あれから何年とかって取り上げるんだ。ずるいよ。美味しいとこ取りっていうか。そういうのは悲しむくせに隣に住んでる八十代のばあちゃんが死んだりしても世界は何も変わらないってのが虚しい」
幼さが残る横顔から発せられる、真っ直ぐな言葉が私の芯を貫いた。
私は父の死というきっかけがあったから、それが痛いほどわかるけど、どうして健一はそんなに死と向き合えているのだろう。私は彼のどこか悟っているような、諦めているような雰囲気がたまらなく愛おしかった。
「三十一の時に、運命のようなメロドラマが始まるかもしれないよ。情熱的で、永遠をも思わせるような相手が現れるかも」
私は、缶ビールを傾けながら、呟いた。
 「みっちゃんは本気で人を好きになったことないからなあ」
健一は、空のグラスを机に置くと、両腕を組んで眉根を下げた。それは私に対する哀れみや、情けを含んでいた。でも、健一のそれはちっとも私を惨めにさせなかった。
彼は絶賛失恋中だった。ずっと昔から好きだった幼馴染に彼女ができた。健一は自分の気持ちを胸に秘めて、彼を祝福したそうだ。でも、好きな人の幸せを素直に願うことが出来ない自分に腹を立てていた。
「好きな人が自分を好きになってくれるってすごいことだよな。それが同性ならもう奇跡に近いよ。俺みたいなやつは、妥協するか、なりふり構わず行動するしか愛し合うことなんて出来ないんだ」
ため息を漏らす健一の吐息が部屋に広がる。
「私は異性愛者だけど、そんな気持ちで誰かと付き合ったこと、一度もないね。周りで結婚している子もいるけど、本気で愛し合っているなって思う人たちって本当に少ない。子供が出来ちゃったとか、そろそろいい歳だから、って投げやりで婚約結ぶ人ばかり。だから健一ってすごいなって思う。そういうのないじゃん。本当に、本気で、性別の垣根越えてその人のこと好きなんだもの。かっこいいよ。私には同性愛のことは分からないけど、でも健一は立派だ。正々堂々として自分に忠実でかっこいい」
健一は瞳を三日月のように細めて、ふんわり笑った。薄顔の彼が笑うと、恵比寿様みたいに目じりが下がって、本当に、心の底から笑っているように見える。
私は健一の笑顔が好きだ。心の底からじわっと幸せの蜜があふれ出る。
「フレディーマーキュリーみたいにエイズですぐ死なないでね」
私の発言に健一は首をかしげ
「フレディーって誰? 」
と言うものだから、ああ、健一ってまだまだ無知で若いと思い知らされるのだった。

 「更新のお電話入ってます」
 フロアから声をかけられて、私は電話を受理する。
不動産会社の事務員になって今年で四年目。私は賃貸の更新の管理をしている。
日々、入居者から更新の返答の電話がかかってきて、その手続きを案内するのが私の務めだ。
更新を希望して、二年間また同じ住居に住もうとする人も、更新のタイミングで解約をする人も、様々だ。
父を亡くしてからというもの、未来を見据えて住む場所を継続したり、やめたりする判断をするって凄いな、と思うようになった。
父は最期まで自分の未来が見えなかった。
入院している父の見舞いにいった際、彼は病室でスマートフォンをいじっていた。以前持っていたスマートフォンより何だか一回り小さくなったように感じたので、あれ? と思っていたら、最新機種のスマートフォンに買い換えたのだと言った。一体何時の間に、という気持ちと、もう長くないのになんでこのタイミングで、という気持ちが混ざり合って、でも、本人に、あんたもうすぐ死ぬんだよ、なんて言えないので黙っていたら、やっぱりすぐに逝ってしまった。
家族に残されたのは、ピカピカのスマートフォンと、本体機種代金の請求書。当人が死んでしまっているので、分割が出来なくて、十万近くを一括で払わなくてはならかった。
専業主婦で、収入のない母には大きな痛手となるので、私が支払った。
他にも、車のリースを死ぬ三ヶ月前に更新したりしていた。
私も母も免許は持っているが、車にはまったく乗らないので、父が車を新たに契約したと聞いて愕然とした。でも、やはりがん患者に死期が近いんだから、などと言えず
「最後までお父さんの好きなようにさせてあげましょう」
と無理やりその言葉で自分を納得させた。
ほとんどの入居者がまだ若いので、二年後なんてあっという間のことだし、今日の延長だと思っているのだろうけど、それでも、未来のことをきちんと見つめるのは大切なことだ。漠然と日々を惰性的に生きている人が多い世の中で、こういった取り決めがあるのは大事だ。自分の仕事が、生活の、人生の中のちょっとした未来予想をするきっかけになっているのが、少し誇らしく思った。

生きていたら、今日が父の五十八歳の誕生日だ。葬儀は身内だけの家族葬だったので、父の友人たちには式の参加に断りをいれた。
父の誕生日には忌も明けているので、その時お別れ会をしようと母と話し合い、父の友人たちにもそう伝えた。
父のお別れ会は、彼が通い詰めていたスナックで行われた。
父の小学校の同級生が営んでいる小さなスナックで、三年前にできた。父は開店当初からの常連で、収入のほとんどをそこにつぎ込んだといっていいほど通い詰めていた。
そのスナックに訪れるほとんどの客が、同級生だとか、ご近所さんという筋金入りの地元のスナックで、多分経営が成り立っていたのは、父のおかげなんじゃないかと思うほどだ。
今日集まってくれた友人達の引き出物を両手にさげて、スナックを訪れた時には、店の中は父の同級生たちでいっぱいだった。
既にビールで口元を濡らしているおじさんたちの中で、母だけがぴょこんと浮いていて私はいそいそと入り口のドアを閉めた。
父の同級生たちははっきり言って低俗だった。父のことを親友と言っている割に、ここ数年の話しかしないし、気が付いたら自分の武勇伝を延々と語った。
お父さんを亡くして大変だね、何かあったらいつでも頼ってきていいよ、なんて言葉をかけてくれる人はほとんどいなかった。皆、私が店に入った頃には酔っ払っていて、ちっとも悲しみのオーラがなかった。
父のためにと、友人の一人がスライドショーを作ってくれて、それを鑑賞する場が設けられたが、画面を見つめているのは、私と母と、それを作った当人だけで、皆から揚げをほおばったり、刺身を摘んだり、酒を飲んで話をしていた。
母はここでも、おいおいと泣いて、女性の友人に慰められていた。
「今度天道よしみのコンサートに行きましょう。とっても素敵よ」
と、マリーアントワネットや、中原淳一が大好きな少女趣味の母にパンチを飛ばしていた。
どうして母は父と結婚したのだろうか。私はまったくこの場に溶け込んでいない母を見つめて、だんだん虚しくなってきた。
母は群馬から東京へ大学生のとき上京した。初めての都会、初めての東京。日本経済は上場で、生きることに活気があった時代。
母は父と出会ってしまった。同じ大学のひとつ上の先輩だった父は、それまで母が付き合った男の人と違って、一緒にいて気が抜ける相手だったそうだ。
田舎には戻りたくないし、父は東京に実家があるからそれなりに裕福だろうし、ここで家庭でも育めたらそれが幸せかも、なんて考えて気付いたら結婚していたそうだ。
「みっちゃんは本気で人を好きになったことないからなあ」
ふいに健一の言葉が私の脳裏を横切った。母の父に対する感情が、妥協だったり成り行きだったりするものであったとしても、今、ここで、場違いなくらい浮いている母が、父を思って泣いていることは真実で、それはやっぱり夫婦にしかできないことなんだな、と思った。そして私には到底真似できないし、したくもないと思ってしまった。
本気の恋愛を私はまだ知らない。きっとこの先も訪れることはないだろうと、なんとなく実感する。世の中の夫婦って凄いな。みんなちゃんとしてるんだな、と傍観者みたいに突っ立っている。
実の父親の死に遭っても泣けないのだから、やっぱり私は普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に死ぬことなんてできないのだろう。
それでも構わないし、ちっとも悲しくなんかなかった。
宴のざわめきの中で、私は目の前の料理をもくもくと食べて、ビールをがんがん飲んだ。
人はこんなに大勢いるのに、ひとりで食べているような心地だった。

あるのだろうとは思っていたが、やはり二次会の場所を幹事が告げたので、私は酔ったふりをして、家路へついた。
スナックでの喧騒がまだ耳にまとわり付いていたので、それをこそぎ落とそうと、好きなアーティストの曲を口ずさんだ。
メロディラインを描いていくうちに、徐々に心が落ち着いて、夜にしっぽり包まれた。
土曜日の夜は、何だか皆のわくわくがそこかしこに散らばっている。
明日もまだお休み、ゆっくり寝坊が出来る。ちょっと遠いところにお出かけしよう。夜中まで起きて映画を観よう。そんな小さなハッピーが金平糖の粒のように弾けている。
誰もいないのをいいことに、鼻歌から、本格的に歌いだした私は、玄関先に人影があるのに気が付いて、慌てて口をつぐんだ。
影の正体は健一だった。
「なんだ健一か。いい歳こいて大声で歌ってるとこ見られちゃったな」
私が髪をかきあげると、健一はドアに寄りかかっている力をひゅるひゅる抜いて地面にへたり込んでしまった。
驚いて、彼に近付くと、左の頬が赤くはれぼったい。着ている服も、いつもは私服なのに、今日は制服だった。それも襟がよれていて乱れている。
「とりあえず、中入ろう。風邪引いちゃう」
 熱っぽい頬とは裏腹に、冷え切った彼の手先を引っ張って、私は健一を部屋に上げた。
暖かいココアを淹れて健一に手渡すと、彼は重たく閉ざした口をゆっくり開いた。
「俺さ、学校でハブられてんだよね」
健一は、幼馴染との恋が実らなかった後、休みのたびにゲイバーに通いつめていた。
彼にとってそこは、傷を癒す憩いの場であったし、バーの人たちは健一の気持ちをしっかりと受け止めてアドバイスしたり、相談に乗ったりしてくれた。
決して汚いことはしていない。学校の保健室と変わらない。悩みがあって、それを打ち明ける場所と人がちょっと違うだけ。
だが、どうやらたまたまゲイの人たちといる姿をクラスメイトが目にしてしまったらしい。
健一がゲイであるということ、そして、ありもしない汚くて乱れた噂が瞬く間に学校内を駆け回った。
「別に、のけ者にされたり、噂とか、ありもしないこと言われるのは構わないんだけど、親が異変に気付いちゃって。何でうちの子がいじめなんかにって学校に押しかけちゃってさ。だからもうしんどくなっちゃって、言っちゃったんだよね。俺は男が好きだって」
健一は熱にうなされる様に言葉を紡いだ。ひとことひとことが、熱い粒になって、私の心に降り注いだ。
「それでこのざまさ。父親も母親も、俺を汚物でも見るような目で見てた。でも殴ることないよな」
私が手渡した保冷財を頬にあてがいながら、健一は小さく笑った。
なんて寂しい笑顔。彼を苦しめる全てが私の心も同じだけ締め付ける。
「学生って学校が全てって思いがちだよね。社会の縮図っていうか。学生にとって学校が世界そのものなんだよね。だからいじめとかに遭って学校という世界の中で自分が要らない存在になってしまった時、計り知れないほど苦しいし、死にたくなる。よく大人たちは、いじめなんかのために自らの命を失うのはもったいないって言ったりするけど、世界から首を切られた子の気持ち、わかってんのかな。いらない存在になる気持ちわかるのかな。今の俺には学校という世界も、家族という世界からもいらない存在になっちゃった。もうみっちゃんしか俺にはなくなっちゃったよ」
私は健一の手を握り、正面から彼を見据えた。
「なんかさ、変なんだ。俺、今すげえ悲しいのに、みっちゃんがいるって分かって幸せなんだ。みっちゃんという存在がいることの喜びがきらきら光ってて、ほっぺたは冷たくて心地良いし、ココアは温かいし、みっちゃんの手は柔らかい。それが嬉しい」
そう言って神様みたいににっこり微笑んだ。
「あ、でもこれは全く恋愛感情じゃない。微塵も恋なんかしてないよ」
と真顔で言われて私は思わずふき出してしまった。つられて健一も頬を庇いながら笑った。健一が笑っている。それだけで、こんなにも心が満たされて、私は私でいてもいいのだと、弱っている健一に助けられた。
それから私たちは手を繋いで、健一の家まで歩いた。
低くて大きな月がぽかんと浮かんでいて、昔読んだ、ぐりとぐらの絵本に出て来るカステラのようだった。
甘くて、優しいこんな月の下ならきっと健一は今夜もう悲しい目には遭わないだろう。
家族ってどうしても切っては切れないものだ。どんなに憎くても、どんなに苦労させられても、親は親だし、子供は子供だ。その事実を誰も塗り替えることは出来ない。付き合っていくしかないのだ。ぶつかり合いながら、一生分かり合えなくても、血が繋がっている限りずっと。
健一が大きな背中を丸めて、家の中に入ったのを見届けて、私も来た道を戻った。
月明かりに照らされて、影がチューイングガムみたいに伸びて、しなやかな形をしていた。どうか静かな夜を。そう祈りながら、一歩一歩私は私の道を歩んでいった。
 
父の服をダンボールに詰め込んで、宅配業者を呼んだ。せっせとトラックに荷を運ぶ姿は働きありのようだ。
父のクローゼットには、大量のスーツと、バブル時代に流行ったブランドのシャツやトレーナーがかけてあった。
年内に遺品整理をしてしまおうと、私が半ば強引に父の服をネットで売った。
いつかやらなくてはならないことを先延ばしにするのは、好きじゃないから、ぱっと済ませて、心に溜まった曇りを循環させなくてはならない。
母は父の残した服を見るだけで、涙ぐんだ。
「ああ、色々な思い出があふれ出て来る。こんな毛糸の一本ですら、思い出の糸口になるもの。駄目ね。みっちゃんに全部まかせるわ」
そういってリビングで静かに紅茶を淹れた。
母は、父が残したこの家を売ろうと考えているそうだ。父が死んだことで、ローンは無くなったが、管理費がとても高くて、賄えないと言っていた。
ここを売り払い、どこか小さな部屋を借りて、静かに暮らすのだと、まるで自分を納得させるように言い聞かせた。
母は母なりのスピードで、父の死を受け入れようとしている。
父が死んで、健康保険とか、国民年金とか、確定申告だとか、数知れないほどの書類の手続きを気が狂いそうな勢いでこなして、その傍らで、法事の準備や、喪中のはがきを作ったりした母。
人が死ぬってこんなに大変なのだとまざまざと思い知った。
これから相続の話も付きまとってくる。まだまだ先は長い。ひとつひとつ確実に処理していこう。それが残された家族が故人に出来る最後の餞だ。
買い取ってもらえなかった服たちをビニール袋に詰めていたら、見覚えのあるトレーナーがあった。このくすんだキャメル色を身にまとった父と手を繋いだことがある。
「みっちゃんはさ、羨ましいんだよ。自分が知らないお父さんの顔を知っている人たちが」
いつか健一に言われた言葉がにじんで浮かぶ。
「自分は一定の角度からしかお父さんを知らないんだって思い知らされて、羨ましいって気持ちを、軽蔑とか冷徹って感情に摩り替えてるんじゃない? 」
キャメルのトレーナーは全く無名のブランドで、毛玉もいくつもあって、でも妙に肌触りが良かった。だから父もよくこれを着ていたのだろうか。
本当に、私は父のことを知らない。知らなすぎて、悲しみの感情にすらならないほどだ。きちんと涙を流せる母や、共に笑いあった友人たちを無意識のうちに嫉妬していたのだろう。実の娘との思い出より、血のつながりのないあんたたちのほうが父の本質をしっているなんておかしいだろう。そう思っていたのかもしれない。いちいち泣く母にも、場末のスナックに入り浸る友人たちにも敵わない自分が悔しくて、リアリストにでもなったように振舞っていた。
衣服のほつれが床に散らばっていて、ほこりっぽかったので、窓を開けると、冷たい風が部屋を突き抜けた。
私の心のほころびも、一緒にさらわれた様な気がして、爽やかな心地だ。ペパーミントをかみ締めた後のような爽快感で体中が満ちて気分がすっと落ち着いた。
リビングから、お茶を淹れたと母の声がして、私は草臥れたトレーナーを一度だけぎゅっと抱きしめた。
父に、いや、神に、いや、それとも健一に? もしかしたらこの世の全ての存在に、とにかく感謝をした。今自分がここにいることがとてつもなくありがたくて、奇跡のようだと、気が付いた。その気持ちをとにかく宇宙中に伝えたかった。

普段しないようなことをすると、人は熱を出すらしい。
父の遺品整理の後、私は宇宙の理とか、世界の存在とか、そんなことばかり考えていた。 どうして人は知能を持っているのだろうか、自分という存在は、ささやかながらも宇宙に影響しているだろうか、死ぬってブラックホールのような空間に放り投げられるみたいな感じなのだろうか、なんてことばかり考えてぐるぐるしていた。
その結果、普段使わない脳みそを使ったことで熱を出してしまった。
熱だけならまだしも、体の節々も喉も痛くて、インフルエンザではなかろうか、と思うほど、なかなかしんどい風邪をひいた。
熱が出たのが、たまたま日曜日で、休みだったのが唯一の救いだった。
普段から炊事をあまりしないから、冷蔵庫には、ろくな物が入ってなくて、熱が下がったらちゃんとご飯を作る生活をしようと誓った。
ただ、もし材料があったとしても、今の体調で台所に立つ事なんて不可能だと思った。
じゃあ今まで通りでいいじゃん、と心の中のもう一人の自分が囁く。
とにかく今は水分を取って熱を下げることだけに専念しようと、ベッドの中で、寝返りを打った。
ベッドの中は窮屈で、居場所がなんだかなくて、息苦しい。どんな体勢に身体をくねらせても、しっくりとこなくて、重たくて、呼吸が上手くできない。
暑くて、寒くて、痛くて、苦しい。頭の中をわけの分からない文字が走り回って思考も定まらない。喉も空気が通るだけで焼けるようだ。
あちこちが痛くて、泣きたくなる。起きているのか、寝ているのか、夢なのか現実なのか、朝なのか夜なのかも分からない。ただ苦痛が私を襲っていた。
「うわ、みっちゃん生きてる? 」
 幻聴にしてはリアルな健一の声がする。
健一の声は、なんだかよく冷えたラムネのように爽やかで、熱も解かれていく気がした。
「何となくさ、変な予感がして、虫の知らせってやつ? みっちゃんがピンチって気がして来てみたんだけど。まさか本当に寝込んでるなんて」
どうやら健一は幻ではないようだ。うっすらと覚醒していく頭で、健一を捕らえようと目を開けた。
「鍵空いてたよ。無用心だなあ。まあだから俺入れたんだけど。ちょっと待ってて。すぐ飲み物とか買ってくるから」
そういって大きな手のひらで私の頭をそっと撫でた。太陽のような手のひらが、私の身体の悪いものをさっと拭ってくれたようで、健一が買い物に出かけている間、私は安らかな眠りに付くことができた。

目を覚ました時、健一はソファで雑誌を読んでいた。ページを捲る乾いた音が、心地よくて、まだ眠りの世界にいるような気がする。
熱はまだあるようだが、ずいぶんすっきりした。
軽くなった身体をそっと起こすと、健一が雑誌に向けていた視線をこちらへ向けた。
「おはよう。どう? 」
そう言いながら、冷蔵庫から、スポーツドリンクを取り出した。
ボトルを捻る音が部屋に響く。健一はそのまま渡すことなく、律儀にグラスに中身を注いでくれた。
「ありがとう。正直死ぬかと思った」
ずいぶん汗をかいたので、スポーツドリンクは骨の髄まで沁みた。乾いたスポンジが、一滴残らず水分を吸収するかのように、私は喉を鳴らして飲んだ。
健一がアイスやプリンをぞろぞろ広げたので、私は貢物をされるお姫様にでもなった気分だった。
何だかこういった光景は懐かしい。幼い時は、風邪を引くと、よくこうして大事に看病してもらったな。
喉の通りがいいアイスやうどんを、ちょびっとずつ食べたっけ。
もっと食べたいのに、食欲がわかなくて、沢山残してしまうのが悔しかったっけ。
普段なら、制服姿だったりする時間に、パジャマを着て、ベッドに横になっている非日常がとても特別なもののように思えた。
ウイルスに蝕まれて、身体は重いけど、熱でぼんやりする意識の中は、ふわふわと心地よかった。
すぐそばに家族がいることの安心感もたまらなかった。付きっきりというわけではなくて、洗濯物をたたんだり、夕飯の準備をしている母の気配。日常の中に自分が内包されている気がして、ほっとした。
社会人になって、ひとりで暮らしていると、風邪という存在がしこりのように感じられる。
面倒で、わずらわしくて、自己管理が出来ていないとさえ言われてしまうような嫌なことだ。風邪を引いてプラスになることなんてあるはずないと、普通にそう思っていた。
「市販薬だと綺麗に治りきらないんだよね。ちゃんと病院行った方が良いよ」
そう言って近所で評判のいい内科をスマートフォンで調べてくれる健一の存在が、どんなに今日という一日を優しい思い出にしてくれたことか。
健一の温もりと、食べ物を口にして、ほどよくくたびれた身体が、また私を眠りにいざなう。
起こしていた身体を横にして、枕に頭を置いたら、私の存在そのものを吸収してくれるかのように、ベッドが抱きしめてくれた。焼きたての食パンのような、幸せの甘みと、やわらかさ。
「ごめん。寝る」
意識が半分夢の中の状態で、なんとか健一にそう伝えると、彼は私の顔を覗き込みそっとキスをした。額や頬にではなく唇にしっかり触れた。
「あ、キスしちゃった」
ついうっかり、そんな顔をしていた。
欧米人が喜びのあまり近くの人とハグしたり、子供が横断歩道の白い線の上だけを無意識的に歩こうとしたりすることの延長線上みたいに。毎日の行動のなかで行われる普通のことのようにそれは起きた。
眠る前には互いにいつもそうしてきたかのような錯覚。帰り際にバイバイと手を振ることのような普遍的で当たり前のようなものが私たちの間に流れた。
私はもう夢の中にいた。現実と夢の世界の境界で起きた、真実かどうか分からないその一瞬を、私は永遠に忘れないだろう。

大晦日、紅白歌合戦を見ながら、健一とこたつでみかんを食べた。
今年最後の日は、実家で母と過ごそうと思っていた。
父のいない初めての大晦日は、母にとって、とても切ないものなのではないかと思っていたが、母は群馬の旧友とカウントダウンパーティーをするんだ、とうきうきしていた。母がちゃんと楽しむ心を思い出しているのだと分かってほっとした。
健一にキスをされたハプニングの後も、彼は普通に私の部屋を訪れた。
「あのキスはさ、普通のキスと違うんだ。洗い立てのタオルに顔をうずめるような、ボールを咥えて擦り寄って来る子犬を撫で回すような、そんな感情に近い。実に健全なものだ」
健一があまりにも堂々とそう言いのけるので、心の底から納得して、晴れ晴れとした。
「大晦日、ひとりなら、俺と過ごそうよ。ベタなことをしよう。こたつに入って、紅白を見て、蕎麦をすすってさ」
健一のプランニングに、私の心は躍った。ちょっと先の未来に、ささやかな希望の光が灯って安らぐ。
夜遅くに、家を抜け出て大丈夫なのかと尋ねたら、健一はぶっきらぼうに「ヘーキ」と言った。その反抗的な態度が大晦日の計画をさらにわくわくさせるスパイスになっていることに彼は気付いていない。
健一といると、日常の喜びにちゃんと気が付くことができる。
例えば、レジでおつりをもらった時、その小銭がピカピカで、年号を見たら今年のものだったりすることの喜びだとか、失くしたと思っていた手袋の片方が、ひょんなところから出てきたときの幸福感とか、休日に家に帰る時の道でふと見上げた時広がっている夕焼けの鮮やかさだとか。
世の中には、苦しいことや、悲しいことが蔓延していて、皆少なからず、マイナスの感情を抱いているけれど、それと同じだけ、綺麗で、美しくて、優しいものも満ち満ちているという当たり前のことに気が付くことができる。
キッチンで蕎麦を茹でている間、健一の猫背で丸まった背中を見つめる。
がっしりとした図体を一人暮らし用の小さなこたつにきゅっと納めていて可愛らしい。
「何ひとりで笑ってんの? 」
 私はだらしない顔を湯だった蕎麦の湯気で隠して、知らぬふりをした。
できあがった蕎麦を二人でこたつに入ってすすりながら、紅組の歌を聞いた。
「女の人が歌う曲って、どれもこれも似たようなものばかりだと思わない? 愛だとか恋だとか、そういう系」
私が、どの曲も同じに聞こえるわ、と付け加えると健一は可哀想なものでもみるような目で
「おばさん化してるよみっちゃん。駄目だよ。まだ若いんだから」
そういって、「ビタミンを取って若さを維持して」とみかんを手渡してくれた。
「まあ、みっちゃんは恋愛下手だから仕方ないのかな。俺なんか未だに好きだからな。幼馴染のこと。別の学校だから俺がゲイだってことは知らないみたいだけど、諦めたふりしてどこか期待しちゃったりするんだよな。そういう気持ちを女性シンガーは代弁してくれるから、俺は好き」
私よりよっぽど女の子の脳みそをしている健一がまぶしかった。
好きになるって理屈じゃないんだ。どうしようもなく、その人が好きで、その人じゃなくちゃ絶対駄目なんだ。
凄いな、世の中の人たちはこんな荒れ狂う感情を抱きながら生活しているんだ。
「健一はすごいね」
私はため息と共に呟いた。
「俺は凄くなんかないよ。全然。名前みたいにちっとも健やかでも健全でもないし。普通じゃないし」
健一が使う『普通』という言葉の重みが私の頭をたたく。
「私も普通じゃないみたい」
父が死んでも泣かない娘はやっぱり変だよな、なんて思った。
「普通って何だろうね」
互いに考えて、目の前には食べ終わった蕎麦の器と、みかんの皮があって、テレビからは紅白歌合戦の映像が流れていて、外はとても寒いけれど、こたつの中はぬくぬくで。
あれ、私たちは今、とても『普通』らしいことをしているんじゃない、なんて思った。
健一も同じようなことを考えたらしくて、目が合って二人おなかを抱えて笑った。
「いいなあ。みっちゃんといると、俺は普通でいられるよ。ずっとこんな普通の日が何の問題もなく続いていけば良いのに。毎日がこんな日だったら最高だよ」
目元に溜まった涙を拭いながら、健一が言った。
「いや、これは大晦日という特別な日だからこそ感じる普通なんじゃない? でもまあ、私と一緒にいて、特別な日になることはまずないな」
私がきっぱりそう言うと、健一はそれもおかしくてたまらないようで、またヒーヒー笑い転げた。
もう間もなく年が明ける。
今頃母は父の死を心の穏やかなスペースに敷いて、大事に包みながら、大晦日を過ごしているのだろう。目まぐるしかった一年を思い出して、また泣くんだろうな。一年前まで普通だったことが、父が死んで普通じゃなくなった。それが、母をずっと締め続けるんだ。
「みっちゃんあと五秒」
健一が、時計を見ながら、叫んだ。
「あけましておめでとう」
健一が今年も側にいてくれること、今はそれがとても嬉しい。
「あけましておめでとう。はい、これお年玉」
私がぽち袋を手渡すと、健一は目を丸くした。普段見えない細い目の中身が飛び出るくらい見事な、豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔だった。
「俺、みっちゃんが、大人だってこと今初めて実感した」
「失礼なやつだなあ。これでも社会人なんだぞ。いらないなら返せよ」
私がお年玉を奪おうとすると、健一は楽しそうに笑って、抵抗する。子猫がじゃれあうみたいに二人でどたばたと動き回った。
こんな平凡なワンカットが連続して、一日になって、一年になって、一生になりますように。
父に、いや、神に、いや、それとも健一に? とにかく世界の全てのものにありがとうと伝えたくて私はそっと祈りを捧げた。


小説のコメントコメント
この作品の著作権は、作者である 椎橋もえぎ さんに帰属します。無断転載等を禁じます。

世間のふつう=正解。
そんなレールに敷かれたような
感性が嫌で嫌でたまらなかったので、書きました。
2018/10/21 13:50 椎橋もえぎ



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