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現代小説/歴史小説

『〜Hardboiled Me!〜』

くろひょう著



 閑静な高級住宅街の道路の片隅に、グレーのセダンが停まっていた。中にはふたりの人影がある。
「なあ」
 運転席の強面の男が言った。大柄な体はセダンの運転席でも窮屈そうだった。
「はい?」
 助手席の銀縁眼鏡の男が前方から目を離さずに言った。サラリーマン然としているが、その目つきは鋭い。
「俺ってハードボイルドだよな?」
「はあ?」
 銀縁眼鏡の男が強面の男に一瞬視線をやったがすぐに戻した。
「いったいどうしたんです、岩熊いわくまさん?」
「いや、ゆうべそういう本を読んでな」
「そうですか」
 車内は静寂に満ちた。
「そもそもハードボイルドってなんだ、鷹山たかやま?」
 すぐに岩熊と呼ばれた強面の男が静寂を破った。
「小説で言われるハードボイルドには、ふたつの意味があると思いますね」
 鷹山と呼ばれた銀縁眼鏡の男が言った。岩熊は黙って次の言葉を待つ。
「ひとつは主人公がハードボイルド。もうひとつは文体がハードボイルド」
「……そうか、ありがとよ」
 再び車内は静寂に満ちた。
「岩熊さん、わかってませんよね?」
 しばらくして鷹山が静寂を破った。視線は大きな邸宅に向いたままだ。
「あ、いや、もういいかなって――」
「主人公がハードボイルドというのは、しっかりとした信念を持っていて人間が出来上がっているということです。ハードボイルドという言葉は諸説ありますが、固茹で玉子からきたと言われています」
「固茹で玉子かぁ。俺は煮玉子が好きだな」
「岩熊さんの好みはどうでもいいです。固い茹で玉子のように、外部からのあれこれに左右されない、精神的に強い主人公なんですよ」
「いくら固茹で玉子ったって、そんな固くはないだろう。俺なら指で潰せるぞ」
「誰だって潰せますよ。一般的に物語の主人公は葛藤するのがいいと言われていますがね、それに対して葛藤などしない主人公を固茹で玉子に見立てたんですよ」
「葛藤って、なんかうじうじ悩むやつだろ? 俺はそんな主人公は嫌だな」
「同じように思う人がいたんでしょうね。だからハードボイルドな主人公が生み出され、流行ったんでしょう」
「さっき精神的に強いって言ったが、ハードボイルドの主人公は肉体的にタフなヤツってイメージだがなぁ」
「肉体的に強い主人公がうじうじしてたらハードボイルドですか?」
「あー、それは違うかなぁ」
「ケンカは弱いけど決して圧力に屈しない主人公なら?」
「それはなんかハードボイルドっぽいな! アげたヤツがそんなのだったら取り調べも苦労しそうだ」
「しかし肉体的に強い方が一般的にはかっこいいですからね。説得力もあるでしょう。それで、タフで非情な主人公のものが書かれたんですね。それがハードボイルドの始まりでしょう」
「非情かぁ」
「ええ、なにごとにも動じないということはそういうことでしょう。そして世の中のそういう面を見るような職業、我々のような警察官や探偵のような職業、または犯罪者などを主人公にしたんでしょうね」
「ハードボイルドっていうと探偵のイメージだな」
「それは探偵もののハードボイルド小説がヒットしたからでしょうね。本来は職業など問いませんよ。復讐ものだってあります」
「復讐は犯罪だぞ? さっきも言ってたが、おまえ、刑事のくせに犯罪者の話読んでるのか?」
「おや、誰か来たようですよ?」
 鷹山は大きな邸宅に目を凝らした。
「ああ、郵便局員でした」
「嘘つくなよ、俺にだって見えてるんだよ、誰も――」
「あ、そうそう。タフで非情な、っていうのも変わってくるんですよ。やっぱり厳しいばっかりでは読者もキツいんでしょうね」
「お、あれだな! 男はタフでなければ資格がない、ってやつ」
「ずいぶんすっ飛ばしましたね。まぁそうです」
 鷹山はこっそり、ほっと息をついた。
「そういった主人公を一人称語りで書いたある作家が、探偵にユーモアをもたせました。それが大ヒットした。シリアスなばっかりでは疲れますからね。探偵の主人公が皮肉や軽口を利くというイメージはそのあたりにあるのかもしれません」
「そうなるとハードボイルドじゃなくなるのか?」
「そんなことはないでしょう。信念、自分なりの正義や弱者を助けるという信念があればハードボイルドですよ。非情というのはハードボイルドの必須事項じゃなかったわけです。我々にも犯罪者を必ず挙げるという信念がありますが、非情というわけじゃない」
 鷹山は、気の弱い者が睨みつけられたら泣き出してしまいそうな目で言った。
「そうか、俺はやっぱりハードボイルドだったんだな」
「それはどうだかわかりませんがね」
「なんだよ、俺の――ん? あいつらは――」
 セダンの前方からこちらに向かって歩いてくる、ひと組の男女に岩熊は目を止めた。
「あっ!」
 鷹山の目がきらきらと輝いたが、ふたりだけと認めると元の鋭いものに戻った。
「鈴木さんと花代さんでしたかね」
「そんな名前だったかな」
 岩熊が顔をゆがめて言った。女の方が車内のふたりに気づき、笑顔で手を大きく振ってくる。
「ちっ、友達じゃあねぇんだよ」
 女は岩熊のドアの横に駆け寄ると、ウインドウガラスをこんこんこんと叩いた。岩熊は嫌そうな顔でパワーウインドウを降ろした。
「なんだよ」
「刑事さんたち! こんなところに車を停めてなにやってるんですか!?」
「ばっ! 張り込み中なのにでけえ声出すなよ!」
「岩熊さん」
 鷹山が低い声で言った。
「あ、す、すまん」
「張り込みですか!? ホシはどこに潜んでいるんですか!?」
 女は窓から頭を入れて車の前方に顔を向ける。
「あの家ですか!?」
「うるせえ! 公務執行妨害でショッぴくぞ!」
 岩熊は左手で女の頭を車から押し出した。
「おお、本当にショッぴくって言うんですね」
「行くぞ、鈴木。刑事さんたちの邪魔をするな」
 後ろで苦笑いしている男が言った。
「あ、はい。刑事さんたち、失礼します」
 女がちょこんと頭を下げてセダンから離れていった。
「なにが失礼しますだ。警察の車に頭を入れてくる方がよっぽど失礼だ」
 岩熊はウインドウガラスを上げた。
 車内を静寂が、
「文体のことですがね」
 満たしそうになった。
「あ、まだ続くのか」
「まあせっかくですから。ハードボイルドな文体というのがあるんです」
「お、知ってるぞ。枯れた文体だったか?」
「乾いた文体です。写実的で簡潔な書き方、ですかね」
「んー? 俺が読んだのはそんなんじゃなかったぞ。凝ってて皮肉っぽかったな」
「それは厳密にはハードボイルドな文体とは言えないと私は思いますね」
「ややこしいな」
「ハードボイルドな主人公の人物設定によると思いますが、考えに揺らぎがないとすると、世の中の見方や自身との関係などというのもはっきりしているわけです。自身がよしとしないことがあると、それに対するリアクションも否定的になるでしょう。ただそれをストレートに言ってしまうと感じが悪いし、長広舌をふるうことにもなりかねません。なので、ユーモアを交えた皮肉やシニカルな言い方にしたのだと思います」
「ハードボイルドはハードボイルドな文体でなくてもいいってことか」
「まあ乾いた文体だけがハードボイルドな文体かって言うと、どうだかわかりませんがね。しかし、信念もなにもない、ただ斜にかまえただけの主人公が世の中をユーモラスに皮肉って語ってもハードボイルドではないでしょう?」
「ああ、うん、そうなんだろうな」
「探偵が主人公ならハードボイルドと捉える向きもありますが、私はそうだとは思いません。ただ、なにをどう捉えるかは時代や人によっても変わってくるでしょう。私は古いのかもしれません」
「やっぱ煮玉子がいいな。味がある、みたいな」
「なかなかうまいことを言いますね」
 鷹山は大きな邸宅に目を向けたまま、にやりと唇の端を上げた。
「で、俺はハードボイルドか?」
「さあ、頑固なのとはまた違うと――おっと、奴さん、出てきましたよ」
 鷹山はもたれていたシートから体を起こし、前のめりに目を凝らした。
「歩きか――私がけますので岩熊さんはあとをお願いします」
 鷹山は助手席からするりと外へ出ると、静かにドアを締めた。普段警察署内で見せる、背筋をまっすぐ伸ばした堂々とした歩き方とは違い、やや猫背になって気だるそうに足を運ぶ。小道具の鞄を下げた後ろ姿は、訪問販売がうまくいかない飛び込みの営業マンのようだ。
「俺はともかく、あいつはハードボイルドかもなぁ」
 鷹山の背中がだいぶ小さくなってから岩熊は低くつぶやくと、イグニッションキーを回してエンジンをかけた。

 おしまい

小説のコメントコメント
この作品の著作権は、作者である くろひょう さんに帰属します。無断転載等を禁じます。


2018/03/30 21:35 くろひょう



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