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現代小説/歴史小説

『ラジオの時間』

滝乃睦月著



 速道路の継ぎ目を一つ一つと超える度に街の灯りが少なくなっていく。時速八十キロでの走行。一定の間隔。継ぎ目の衝撃にも慣れてくる頃、夜の空が広くなって星が近くに見えた。車のデジタル時計は十二時をすぎている。もう昨日になったんだな、と一人呟きながら追い越し車線を行く大型トラックを見送る。前を行くテールランプが、どこまでも続く夜の先へ吸い込まれていく。ぼんやりそれを眺めていると、昔見た映画のワンシーンみたいに超高速で移動したらタイムスリップ出来ないだろうか? 出来たら何する? なんて馬鹿みたいな事を考えていた。疲れと眠気のピーク。
 
 
 高校を卒業してから十年。ここ何年かは、仕事の忙しさと移動の面倒くささから出席していなかった同窓会に出ようと思ったのは、当時世話になった担任の相澤先生が定年を迎えるという話を幹事の広井から聞いたので、最後くらいはと思っての事だった。
 同窓会当日、同棲している彼女に今日は遅くなるからと伝えた。午後から仕事を休み、仕事場から近くの小さな花屋に寄ってプレゼント用のピンク色のバラの花束とついでに彼女用にと赤いバラの花束を買った。花束の値段に驚きつつ、会場に行くまでの時間を逆算してそろそろ行こうかという時にから彼女から電話が掛かってきた。
「もしもし、どうしたの?」
「今日遅くなるって言ってたけど何時頃になるかなーと思って」
「何時になるかわからないから先に寝てていいよ。何で?」
「帰ってくる時コンビニでアイス買って来て欲しいなー」
「いいけど、遅くなると思うよ」
「いいよ遅くても。それじゃお願いね。あ、それとさ……えーと、なんだっけ」
 前置きばかりで口ごもる電話の向こうの彼女。次の要望を想像しながら待っている。言葉にするのをためらうようなものってなんだろう? ゴム? いや買い置きがあったと思う。生理用品? それは僕が恥ずかしい。そんな事を考えていると彼女の口が開いた。
「あのですね、世間では同窓会での浮気率が相当高いと評判なわけですよ。例に漏れずに君の浮気する確率も無いに等しいとはいえ無いとは言いきれない」
「しないよ」 
 僕は即答した。
「いやいやいや、みんなそう言うんだって。君みたいな草食系と言われる男ですら全裸の女が上に乗ったらしちゃうでしょ?」
「するかもしれないけどしないから大丈夫。ゴメンそろそろ行かないと行けないから切るよ」
 彼女には悪いと思いつつも永遠と続きそうだったので電話を切る事にした。ギリギリまで逃げるの? とか浮気したら殺すとか、物騒な言葉が聞こえていた。信用されているならこんな電話はこないだろうと思った。それなりに心配はしてくれているとはいえ嬉しいような情けないような気持ちになった。行き場を無くした言葉が溜め息と一緒にこぼれおちた。精神的ダメージを負ったまま高速で約二時間かけて行くのかと思うと気が重い。
時間も迫っていたので出発する事にした。その後何度も彼女からメールが来ていたが見ない事にして。
 幹事に教えてもらった会場は赤提灯が申し訳程度にぶら下がっているような小さな居酒屋だった。こんな店あったっけ? なんて思いながらも遅刻の理由を考えつつ格子戸に手をかけた時、中から人が出てきた。
「ん? おー! 佐藤じゃん! 遅いっつの。今日こねーかと思ったわ!」
 驚きつつよく見ると幹事の広井だった。今、お前に電話しようと思って外出たらいるからさビックリだわ、なんて笑いながら僕の背中を押す広井に連れられて中に入って行くと奥の座敷にはもう全員揃っているようだった。
懐かしい顔が揃うとタイムスリップしたみたいな変な感じした。当時の美男美女はやっぱり十年たっても美男美女で、クラスのムードメーカーもやっぱり相変わらずだった。昔のあだ名で呼び合いバカ騒ぎをする旧友。ハメを外し過ぎないようにと注意する相澤先生。それぞれに持ち寄った先生への定年祝いのプレゼントを渡すと、顔をしわくちゃにして「ありがとう」と言って笑った。それを見て目頭が熱くなった。ひとしきり思い出話に花を咲かせ、近況報告が始まる。十年ぶりという事もあって旧友の質問責めに合った。仕事の話、彼女の話、誰と誰が結婚したとか離婚したとかそんな世間話をあまり仲の良くなかった人とも普通に話ていると大人になったなと思う。周りがビールを美味そうに飲んでいるのを見て車で来たことを後悔しながら烏龍茶を飲む。
「佐藤久しぶりだね、覚えてる?」
 そう言って隣に移動してきた彼女の顔を見ても全く思い出せない。
「あー、久しぶり。元気してた?」
「覚えてないでしょ?」
「ゴメン、バレた?」
 ひどいなぁ、私を忘れるなんて、とかブツブツ言いながら皿に残っていた焼き鳥を平らげ、ジョッキに残っていたビールを一息に飲み干して、おかわりを頼んだ。モデルみたいな見た目とのギャップに少し引いた。
「まぁ十年も経てばしょうがないか 」
「ゴメン。ヒント教えて?」
「紅の豚」
 真顔で言う彼女。
「紅の豚? アニメの?」
「そうアニメの。それじゃあ次のヒント、ハガキ」
 頭の中の点と点がつながって、線になる感じ。二つ目のヒントを聞いたとき昔の記憶が一気に吹き出した。
「えー!? 嘘? 沢木?」
「正解。てゆーかハガキ職人仲間を忘れるなんてありえないよね。黒猫のジジさん」
 当時深夜ラジオにハマって毎週そのラジオ番組に黒猫のジジというラジオネームでネタハガキを送っていた。クラスで唯一そのラジオ番組を聞いていてなおかつハガキを送っていたのが沢木だけだったので同級生の中でも一緒にいる事が多かった。
「忘れたっていうか、沢木が変わり過ぎて分かるわけねーだろ。あんなに太ってた沢木がこんなにキレイになってるなんて思わないって。もはや別人だろ」
「まぁ確かに昔はデブだったけどね、佐藤ならわかるかなと思って」
 十年一昔とはいえそれを体験するとは思わなかった。関取みたいだった沢木がここまで変わるとは。
「沢木今なにしてんの?」
「実家の酒屋で働いてる」
「あー、そう言えば酒屋さんだったね。次期社長?」
「そう。小さいけどね佐藤は?」
「携帯電話の営業。完全なブラック企業だね」
「へぇー。彼女はいるの?」
「んー、いるよ。沢木は? 結婚まだ?」
「結婚も何も彼氏がいないから……」
「勿体ないね。こんなキレイなのに」
「失礼だな、久しぶりだってのに」
 そう言って僕の肩に軽くパンチした。
「でもさ、十年経つと所々しか覚えてないもんだよね。昔一緒にネタ考えたりしてたもんな」
「そうだねぇ。今考えると何それ? っていうのとかあったよね。それこそ十年後の自分ていうのネタにしたの覚えてる?」
「そんなんあったっけ?」
「二人で最後に作ったやつだって!」
 二回目の肩パンは少し痛かった。
「まぁ、覚えてるわけないよね、そりゃそうだ」
 そう言ってまたビールを一気に飲み干してふーっと息を吐いた。
「ゴメンゴメン、教えてよ」  
「それは……言わない」
「言わない?」
「まぁ、いいや。もっと飲みなさいよ、烏龍茶を。ほら! 生中おかわりください!」
 楽しい時間はあっという間に過ぎて、居酒屋の閉店時間なった。
「それじゃー今日はここまで! また来年会おうぜ! 解散!」
 酒が回って、おぼつかない足取りで立ち上がった広井の声で同窓会が終わった。小さな居酒屋の入り口を酔っ払い達がぞろぞろと出ていく。
「佐藤さ、近くの奴送ってもらえる?」
 広井が申し訳なさそうに言うので二つ返事で了承すると何人かが「悪いね」なんて言いながら車に乗り込んだ。その中には沢木もいた。
 十年経ってもあまり変わらない道。町のメインストリートは街頭の明るさだけが際立っている。一人、また一人と送り届けて後は町の外れの沢木だけになった。
「あれ、沢木の家ってこの辺だっけ」
 後部座席の沢木に声をかけても返事ないのでルームミラーで確認するとイビキをかいて寝ていた。昔の記憶をたどって何とか見つけた(酒の沢木)の看板。シャッターの閉まった店の前に車を停めて後ろで寝ている沢木に声をかけてみても起きる気配が全くないので後部座席にまわって肩を揺らしてみるとゴロンと僕の方にもたれかかってきた。
「おーい、起きろ。襲われるぞ?」
「……襲ってみなさいよ」
「起きてんじゃん、ほら、着いたよ」
「アイス食べたい」
「明日食べたらいいじゃん」
「……今食べたい。そこ。コンビニある。お前、アイス買う、それ、食べる。私、満足」 全く降りる気配も感じられず仕方なく言う通りする事にして近くのコンビニに向かう。アイスとタバコとコーヒーを買って沢木に渡す。
「ほら、買ってきたよ」
「ありがとー」
「ここのコンビニって前駄菓子屋だった?」
「そうだよ、よく覚えてたねー」
 嬉しそうにアイスを頬張る沢木。
「酒飲むといつもこんな感じなの?」
「いんや、普段はお酒飲まないし」
「そうなの? 余計なお世話かもしれないけど、さっきみたいな事してたら本当に襲われるよ」
「大丈夫だって、相手は選んでるから。そうだお裾分け」
 そう言って沢木が後部座席から身を乗り出し運転席の僕の顔を掴んでいきなりキスをしてきた。その瞬間口の中にチョコミント味が広がった。
「どう? 美味しい?」
 ドヤ顔の沢木が目の前にいる。
「チョコミントだな」
「普通! 三点。」
 そう言って、後部座席にどかっと腰を下ろして帰ろー、と沢木が言った。その後家につくまでずっと黙ったままだった。
「着いたよ」
「ありがとー」
 沢木が後部座席のドアを開ける。
「それじゃまた来年、かな? 番号もアドレスも昔のまんまだから、暇な時は連絡してよね。」
「おう。んじゃ、おやすみ」
 そう言って手を振る。
「バイバイ!」
 後部座席のドアが閉まる。
 沢木の顔は暗くてよく見えなかった。


 同窓会の騒々しさから一転、一人で運転する車内は聞き慣れた音楽を流してもどこか寂しい感じがした。何となくラジオをつけてみるとまだ自分が高校生だった時に毎週聴いていたパーソナリティーの番組がやっていた。昔と同じオープニングのジングル。それから今週の出来事をざっくりと愚痴を吐くように電波に乗せる。裏表のない感じが好きだったと記憶を辿り懐かしくなる。ハガキ職人とかまだいるのか? 若い人はハガキなんて書かないだろうから今はメール職人なのかとどうでもいい事を考える辺りに改めて歳をとった事を感じてしまう。ネタハガキのコーナーはやっぱり今でも面白かった。いくつかのネタのあと当時のハガキ職人の名前が出てきて少しほっこりした。聴いているうちにあの時こうだったなぁとか、色んな事が頭に浮かんできた。沢木が言っていた最後に二人で作ったネタも。確かこんな感じだった。ハガキ職人同士が結婚して十年経つとこうなる、みたいな内容で泣かず飛ばずの作家夫婦がお金を稼ぐために色々やってみるんだけどなんかずれててうまくいかない。そんで、もうだめだって言って夜逃げ。その最中、知らない駅のホームで喧嘩をする。ツッコミのいない漫才みたいな掛け合いで殴りあいの喧嘩をしてたらいつの間にか人だかりができていて最終的にキスで仲直りするってネタだった。今考えると何が面白いのか全くわからないけど当時沢木と二人で腹を抱えて笑った気がする。近所の駄菓子屋の水色のベンチに二人で腰掛けて、ノートに書いたネタを見せ合ってあーでもないこーでもないとかいい合いながら日が暮れるまで一緒に過ごしていた。男友達に付き合ってんのかって茶化されてから何となくお互い気を使うようになって回数が減って、県外の大学に行ったのがトドメだった気がする。卒業式の日にクラスの打ち上げの時に話したのが最後だった。
 そして、多分好きだった。
 あの時伝えていたら、あの時県内の大学にしていたらとかそんなどうでもいい事を考えてしまう。そしてそれがどうにもならない事も知っている。改めて経った時間の長さを感じてしまう。
 
 
 高速道路を降りて少し走ると見慣れたいつもの騒々しい街の景色が見えてきた。帰ってきた、という感じが少し切なく思う。深夜三時の少し前。マンション近くのコンビニで、彼女に頼まれたアイスを二つ買って帰る。駐車場に車を停め、コンビニの袋と花束を持って彼女の待つ部屋と急ぐ。鍵を開けて中に入るとリビングの灯りがついていた。ソファーの上にちょこんと座っている太めの彼女。
「起きてたの?」
「私、お前、待つ。アイス、食べたい」
「それ流行ってんの?」
 テーブルの上にアイスを置いて、花束は見えないように隠しながら彼女の隣に座りアイスの蓋をペリペリとはがす。
「ありがと」
「どういたしまして」
 二人並んでアイスを食べる。
「浮気、してないよね」
「してたら帰って来ないよ」
「よし、ご褒美」
 そう言って彼女は僕にキスをする。
 チョコミントの味がする唇に僕は確信する。
 隠していたバラの花束を彼女の前に差した次の瞬間、彼女の唇は僕の物になっていた。
 

小説のコメントコメント
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2018/02/06 06:30 滝乃睦月



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