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現代小説/歴史小説

『恋愛ごっこ』

白銀著



 紅色がかった青い空に粉雪が舞い、濃い灰色をした地面に染み込んでいく。
 気温は低くて、やや肌寒い。
 冬なのだから当然だ。
 とはいえ、今は寒くない。コートとマフラーを身に着けているからだろうか。
 となりにいる彼――髪を赤色に染めた男子高校生も、平気な顔をしている。

 私たちは学校を出て、広い道路に面した歩道を歩いていた。
 周囲には無機質なビルが多く立ち並ぶ。
 オシャレなカフェには電飾がからみついて、点灯の瞬間を今か今かと待ち構えている。

「クリスマスだね、もうすぐ」

 目つきの悪い少年――焔を見上げて、話しかけてみた。

「ああ」

 繰り出されたのは、いい加減な返事だ。
 彼はクリスマスという単語を出せれても、興味を示さない。
 もっとも、無関心なのはいつものことだ。仕方がない。
 こちらも気にはせずに気持ちを切り替えて、前を向く。
 私たちの距離は付かず離れずだ。
 恋人同士ではあるものの、手をつないでいない。
 互いに交わす言葉も少ないため、一見すると仲が悪そうに見える。
 実際に、熱い仲とはいえない。
 かといって、離婚前の夫婦のように冷え切った関係でもなかった。


「つきあってください!」

 刹那、耳に飛び込んだ少女の声に、ハッとなる。
 即座に声がした方角を向く。

「私、あなたのこと、ずっと見てました。スポーツができて、成績もよくて、優しくて――それで、惹かれたんです」

 視線の先にある殺風景な空き地の隅で、一人の女子生徒が美形の男子生徒に向かって、想いを伝えている。
 なつかしいな。
 口元がゆるむ。
 確か一年前の同じ日に、今の彼から告白を受けたんだっけ。
 当時、校舎裏に呼び出された私は動揺して、落ち着かなかった。
 緊張にのまれて、何度逃げ出したいと思ったか分からない。
 なんせ相手は、不良だ。
 髪を赤く染めて、校則違反を無限に繰り返す問題児でもある。
 一般人の常識が相手に伝わるとは限らない。
 知らずしらずのうちに恨みをかっていた可能性もある。
 たとえば気にさわるような発言や行動を取っていたとか。
 その腹いせに今から自分は痛い目に遭わされるのではないかと考えて、ビクビクしていた。
 ところが実際は違う。

「つきあってほしい」

 最初、なにを言われたのか分からなかった。

「俺はあんたが好きだ。だから」

 真摯な目で、信じられない言葉を口にされて、心がついていかない。
 混乱で頭が真っ白になる。
 返すべきセリフが思い浮かばず、ただただ目を丸くするばかりだった。
 されども、全てを理解した瞬間、私の心にときめきに似た感情が湧き出す。
 まるで自身が恋愛ドラマのワンシーンに出演しているような、甘い空気がただよう。
 私の景色はバラ色に包まれていた。


「行くぞ」
「ああ、うん」

 トゲのある声に急かされて、いったん止めていた足を動かす。
 結局、空き地にいる少年の口から返事は聞けなかった。
 続きが気になるけれど、だまって見続けるのも悪い。
 先ほどの告白も聞かなかったことにして、前へ進む。

 つきあいはじめてから今日まで、私たちの関係はまったく進展していない。
 もともと、互いの距離は遠かった。
 高校は同じではあるけれど、不良である焔に関わらないようにしていたし、彼も積極的にちょっかいを出してきたわけではない。
 恋人になったのも、告白をされたから彼の気持ちに答えただけだ。
 断ればなにをされるのか分からなかった。

 でも、彼を嫌っているわけではない。
 むしろ、一年以上彼の近くで過ごした今は、好感さえ抱いている。
 理由はなにだろう。
 陰りつつある空を見上げながら、考え込む。
 うーん、強いていうなら、『なんとなく』かな。
 まず、彼と一緒にいて、居心地は悪くない。
 怖いのは見た目だけだ。彼が原因で怖い目に遭った覚えもない。
 むしろ、学校でいじめられたときは助けてもらった。
 相談にも乗ってくれたし、彼の存在は大きな救いになっている。
 ふむふむ。あいまいではあるけれど、分かってきた。
 こうしてみると、彼によい感情を抱くのは必然だ。よいパートナーだといえるし、私はたいへん恵まれている。
 ただし、現状維持はよくない。
 なぜなら、私たちはまだ、デートすらしていないからだ。
 ただ一緒にいるだけで、恋人らしいイベントを起こしていない。
 そもそも、恋人らしいイベントってなんなんだろう。
 デート?


 デート……。
 デートか。

 できるのかな。
 なんだか急に気分が沈んできた。
 同様に西の方角では太陽も沈んで、あたりはさみしげな茜色に染まる。
 以降もしばらくの間一緒に歩いていたけれど、やがてわかれ道に差し掛かる。
 帰る方角が異なるため、いったん別れなければならない。
 いつものように互いに違う道を選択して、一人になった。
 私はトボトボと岐路につく。

 クリアな藍色が世界を包む中、誰もいない自宅の扉を開けて、中へ入る。
 玄関で靴をそろえたあと、まっすぐにリビングへ向かって、テーブルのそばでカバンを下ろす。
 リモコンで電気をつけて、部屋に真っ白な明かりがつく。

 ふかふかのソファに腰を下ろして、考えごとをする。

 彼はなにをしてほしいのだろう。

 幸い、家にはいろいろなものがある。
 一通りの家事はできるし、手料理だって振る舞えるはずだ。
 食材も妥協しない。冷蔵庫には高級食材が詰め込んである。
 財産を用いれば、誰の願いだって叶えられるだろう。
 たとえば、文房具がほしいと言われたらネットで十万円くらいのペンを注文して、彼に渡す。
 自宅の改築なら、業者を呼んで理想の部屋を作成する。
 問題は、距離の詰め方だ。
 最初に焔から願いを聞き出す必要がある。
 だけど、自分から近づいて尋ねるのは気が引けるな。
 勇気も出ないし、できるのなら相手から近づいて、状況を打開してほしい。
 そう、ちょうど今日みたいな粉雪が舞う日――校舎裏に呼び出して告白をしたときのように、向こうからなにか言ってこないものだろうか。
 しかしながら、人任せでしかなくてため息をつきたくなる。
 なにもしなくても待っていたら現状が改善するなんて、そんな甘いこと、あるわけないよね。
 なかばあきらめかけていた。
 おそらくなに一つ満たされないまま、私たちの関係は終わってしまう。
 ひつか一人になったときのことを考えると、心細さが早くも襲ってくる。
 クリスマスが近づくにつれて、焦燥感も増していく。
 学校でも、恋人のいる女子生徒たちのテンションは高い。
 みな、たいへん盛り上がっている。
 私だけがその流れに取り残されたようで、気が気でなかった。
 そんなとき、ついに焔からデートの誘いがくる。
 当然、すぐに了解した。
 かくしてデートは約束される。
 私は舞い上がってしまった。
 よし、なにはともあれ距離は縮まるだろう。
 確定したのだから、次の行動は早い。
 放課後、学校が終わってから私は家にあるものをかき集めて、衣装を選ぶ。
 彼って何色が好きだったんだっけ。
 どんな服が気に入っていたっけ。
 少ない情報から、彼の理想の彼女になるために、考える。
 また、一人でだ。
 一人で考え込んだってなにも分からないのに、私はまた、一人でなにもかもをやろうとしている。
 自覚はしているものの、当日のための準備は楽しい。
 なんせ、デートだ。
 長年待ち望んできたものだから、ワクワクが止まらない。
 さらにいうと、デートの日はクリスマスと決定している。
 カレンダーをチェックすると今日は一二月一二日だから、一二日後だ。
 長いような、短いような……。
 私、きちんと準備できるかな。
 急に心に雲がかかる。
 時間とともに、期待と一緒に不安もふくれあがっていく。
 そうした日々が続く中、私は一人の少年と出会う。
 平日の夕暮れ、複数の店が建ち並ぶ通りに、彼は悠然と立っていた。
 見目麗しい人物だ。
 格好は私服で、清潔感がある。
 一見すると好青年に見えるけれど、何者なのだろう。
 正体は不明で、相手も特に自分から話そうとはしない。

「どう? 食事でも」

 なんだ、ナンパか。
 断ってもしつこく付きまとわれるだけだ。
 一回であきらめてもらうためにも、だまって従ったほうがいいだろう。
 今のところ、相手に怪しい部分はない。
 むしろ爽やかで人のよさそうな顔をしているため、大丈夫だ。

「分かりました」
「そうかい。じゃあ、あそこへ行こうか」

 ため息混じりに了承すると、少年はすみやかにこちらをとある店まで案内する。
 まるで選ぶ場所を最初から決めていたかのようだったけれど、私は特に疑わずにホイホイついていく。

「名前は?」
「私、ですか」

 席に座って、注文したカフェオレを両手に持ちながら、ゆっくりと相手に視線を合わせる。
 焔以外の異性としばらく会話すらしていなかったため、ぎこちなくなってしまう。

「ああ、悪い。人に尋ねるときはまず、自分からだったね」

 少年ははにかんで、白い歯を出す。

「青葉だ。水無瀬青葉」

 へー。
 青葉という名前は爽やかさを連想するし、外見のイメージに合っている。
 むしろ、できすぎているのかもしれない。
 まあ、よい名前であることに変わりはないだろう。
 さて次は私が名乗る番だ。

「朝比奈……真白です」

 視線をわずかにテーブルへ落としながら、控えめに口を動かす。

「もしかして、お嬢様?」
「え?」

 びっくりして、思わず聞き返す。

「雰囲気がそうだろ?」

 そうだろうか。
 彼のいうお嬢さまのイメージがよく分からない。
 私が首をかしげていると、青葉と名乗った少年は口元をゆるめる。

「だって、そもそも髪型がお嬢様じゃないか」
「髪型?」
「ハーフアップっていうのかな。黒髪だしサラサラしてるし、シャンプーのCMに出てもいいと思うよ。それに、顔もいい。服――というかコートも白いし清楚だし。カップ両手に持ってるし、所作もきれいだ。育ちはいいだろ?」

 よく観察されている。
 褒められているといって、いいのかな。
 一気に顔が上記して、熱くなる。
 鏡を見れば、頬がほんのりとバラ色に染まっているかもしれない。
 でも、悪い気はしない。
 そう思っていたときだった。
 不意に目の前にいる彼が真剣な顔をして、口を開いた。

「今、付き合っている人、いるよね」
「います。それがなにか?」

 私の答えに青葉くんがため息をつく。
 悪いことを言ってしまったのだろうか。
 彼はひどく深刻そうな目つきをしている。
 なにがなんだか分からずにいると、彼は先ほどと同じく切羽詰ったような表情で口を動かす。

「別れたほうがいいよ」

 え、え? え?
 なんで? どうして?
 ああ、そうか。今付き合ってる焔は、見た目は不良だ。というか、不良だ。
 確かに傍から見ると、悪影響を受けると懸念されてもおかしくない。
 だけど、安心してほしい。
 私は何者にも染まらない。
 現状は悪いものに巻き込まれる危険性もないと、きちんと判断している。
 ゆえに私は毅然とした態度で、目の前にいる少年に向かって訴えた。

「大丈夫です。彼は悪い人ではありません」
「いやぁ、悪い人だよ」

 真面目な口調で言ったのに、彼は聞き入れてくれない。
 ちょっとがっくりとして、肩を落とす。

「いつか危ない目に遭うよ」
「確かに、傍から見るとそうかもしれません。しかし、彼はこちらのことを考えてくれています。誕生日にはプレゼントをくださいました。雨に濡れている子犬には傘を差し出してあげたこともあるのです」

 熱意を持って伝える。

「だからヤツは優しい。そう思うのかい」

 今度は彼のほうがため息をつく。
 いぶかしげに眉をひそめると、その唇に皮肉げな笑みが浮かぶ。

「そうやって油断させてるのさ。彼女相手に、悪いところを見せたがらないだろうしね。というか、濡れた子犬にってベタすぎない?」
「え? そうなのですか……?」

 いったんカップを机に戻して、片手を口元に当てる。
 相手の言うことがイマイチ信用できなくて、小首をかしげてしまう。
 いままで接してきて、彼が悪事を働いたことはない。
 彼が豹変するところが想像できなくて、イマイチ裏切られるという実感が沸かない。
 私がいつまでも固まったままでいると、不意に青葉くんは席を立つ。

「ま、気をつけることだね。いつか君は危険な目に遭う」

 彼は涼しげな顔で言い切ると、こちらに背を向けた。
 相手はくわしい説明をしないまま、逃げようとしている。
 このままではこちらが混乱した状態で終わってしまう。

「待って下さい」

 あわてて立ち上がって、呼び止める。

「根拠は、証拠は、あるのですか?」

 すると彼は振り返って、肩をすくめた。

「さあね」

 わざとはぐらかすような態度で、少年は口にする。
 そんな態度に、モヤモヤする。
 なんだか納得ができなくて、口元がへの字に曲がる。

「怒ってる? いや、ムカッときただけ?」

 わざとらしく笑んで、彼はふたたび背を向けた。
 青葉くんは代金を払って、店を出ていく。
 その背中を追いかけられなず、私は席に戻る。
 はー、なんだかモヤモヤがおさまらない。
 カフェオレにすっかり冷めているし、ナンパなんて無視すればよかったかな。
 そんなことを思いつつ、ひとまずは注文した飲み物を片付けたあと、私も店を後にするのだった。



 以降も平穏に日々は過ぎていく。
 変わったことは起きないし、トラブルにも巻き込まれていない。
 異変は起きず、これからもなにも起こらないだろう。
 だけど、一度警告を受けた以上、のんきに構えてもいられない。
 危険な目に遭ってからでは遅いのだ。
 青葉くんの話を鵜呑みにするわけではないけれど、どことなく、慎重に動かざるをえなくなる。
 学校で授業を受けている最中も、彼の顔が頭に浮かぶ。
 彼の話した内容も蘇ってきて、集中できない。
 別に、疑っているわけじゃない。
 けど、気になって仕方がないんだ。
 おかげで今日、私は一人で学校から家に帰る。
 トボトボと、一人で歩く道は少し寂しい。
 となりに誰かいてほしい。
 視線をやや下に落としながらそう思ったとき、唐突に目の前に影が出てくる。

「やあ、また会ったね」

 顔を上げると、視線の先――端正なビル群を背にして、爽やかな外見をした少年が悠然と立っていた。

「あなたは、何者なのですか?」

 ため息混じりに問うてみる。
 だけど、相手はなにも答えてくれない。

「僕は何者でもないよ」

 ただ、吹き抜ける風のように、つかみどころのない姿のまま、はぐらかすだけだ。
 見た目だけは好青年だ。
 学生服こそ見のまとってはいないものの、年齢は私と同じ高校生くらいだろうか。
 分かるのはそれだけで、それ以外はまったくつかめない。

「早く別れるべきだね」

 そう、いじわるなことを言って、彼は白い歯を見せる。
 ちょっとムカッときて、眉がつり上がった。

「あなたは、なにがしたいんですか?」
「なにも。警告をしているだけさ。だって、悪いやつがいて、そいつに囚われているのに見捨てるなんて、そのほうがいけないだろう?」

 字面だけを見れば、確かに危ない状況だ。
 かといって、私は今の恋人を信じないわけにはいかない。
 説得をするのなら、もっと具体的なものが知りたい。
 そう言いたいし、相手もそれを分かっているはずだ。
 なのに、なにも教えてくれない。
 彼は私が悩んでいるところを楽しんでいるかのように、あいまいな言葉を繰り出すだけだ。

「たとえばさ、やつが殺人鬼で、今警察から逃げ回っていると言ったらどう? または、盗みの前科があったり、血を見ると暴れだしたくなるくらい危ないやつだったりしたら?」

 真実か否か、つかみづらい発言だ。
 そもそも、複数の例を上げているあたり、作り話に決まっている。
 否、もしかしたら全て当てはまるような人格をしている可能性はあるけれど、現状ではありえない。

「ウソの情報を伝えて、なにがしたいのですか?」
「にらむなよ。大丈夫だって。僕の言う通りにしたら、全て解決するんだから」

 果たして話は通じているのだろうか。
 不信感をぬぐい切れない中、青葉くんは一歩足を踏み出して、こちらとの距離を詰める。

「とりあえず、連れて行ってくれないかい? 君の家へ」
「なぜ、その必要が?」

 本気で意図がつかめなず、後ずさる。

「ほら、盗聴器が仕掛けられたり、危ないものを送られていたりするかもしれないだろう?」

 まだ、彼はこちらの大切な存在を侮辱するようなことを言う。
 いよいよ、我慢ができなくなる。
 なにか、言い返したくなるものの、彼に対してはなにを言ってもムダだろう。

「もうすぐ夜になるよね。時間もないし、行くなら今だ」

 彼はやけに高そうな腕時計に目を通してから、こちらと視線を合わす。

「分かりました。ですが、なにも見つからなかった場合、去っていただきますね」
「それは、僕次第さ」

 真剣な目で訴えたものの、彼はヘラヘラと笑うだけだ。
 本当にこれで大丈夫だろうか。
 不安を隠しきれずにいる中、私たちは岐路について、自宅の扉を開けて中に入る。

「へー、やっぱり豪邸だね」

 広い廊下を抜けてリビングにつくなり、感心したように青葉くんがつぶやく。
 彼は白い壁や、天井につるされたシャンデリアを視界に映して、満足そうな顔をしている。

「どれも高そうだね。両親は?」
「仕事です」

 気楽そうにあちらこちらへ目移りをしている少年へ向かって、きっぱりと言い放つ。
 以降も彼はさまざまなものを見て回る。
 まるで、店で商品を選ぶ客のようだ。
 言っておくけれど、私は彼に対してなにかを売るつもりはない。
 相手もそれを理解しているはずだ。


「よし、これで全部見て回った」

 断言するような明るい声が聞こえたのは、日が沈んであたりが闇に沈んでからだった。
 やけに時間をかけた気がする。
 時間がないという言葉はなんだったのか。
 結局、この家の中身を見たいだけだったのではないだろうか。

「まあ、安心するといいさ。特になにも仕掛けられていない」
「でしょうね」

 腰に手を当てて言い捨てると、少年はバツが悪そうに頭をかく。

「爆弾もなかった。でも、安心なんてできないさ。いつ、なにをしてくるか分からない。明日にでも殺人予告が届いてもおかしくないんだ」
「それはあなたの妄想です」

 あきれたように言い放っても、彼はあきらめてくれない。

「僕の話を否定する証拠はないだろう?」
「肯定する証拠もありません」

 視線をそらす。
 正直な話、焔に対しては信じきれずにいるのは事実だ。
 彼との関係は薄いし、いまだに性格を違いに把握しきれずにいる。
 見た目は不良だし、ケンカもするし、危ないところも多い。
 ケンカ相手のように、弱者のように、私もいつ切り捨てられてもおかしくはないだろう。

「とにかく、用事は済んだでしょう。早々に立ち去られてはいかがですか?」
「でもさ」
「あなたの主張は十二分に分かりました。指示に従うつもりはありませんが、話は聞き入れました。ですので、今日は退いていただけないでしょうか」
「まあまあ、分かったよ」

 こうして半ば強引に彼を追い出したあと、一人になった家の中で、ため息をつく。
 肩を落として、リビングに戻る。
 やけに静かになったような気がして、居心地が悪い。
 確かにここは私の家のはずなのに、他人の部屋に遊びにきたような感覚がある。
 闇に沈んだ外の景色も深海のようで、空恐ろしい雰囲気がただよう。
 さて、これからどうすればいいのだろうか。
 私はなにをするのが正解なのか。
 答えを出せないまま、時は過ぎていく。
 あんなに楽しみにしていたデートも、ワクワクしてこない。
 むしろ、どうか、その日が来ないでほしいと祈ってしまう。
 行くか否かがつかめないし、次の行動も頭にはない。
 頭は混乱していて、正常な判断がつかめずにいる。
 ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 会わなければよかった?
 どっち? 焔か青葉くん? いや、どっちもか。
 ベッドに寝転がって、無心で天井を眺める。
 いよいよ明日はクリスマス。
 デートの当日だ。
 なのに、なんだろう。この気持ちは。
 闇が心を浸すような、気味の悪い感覚がする。
 悪い意味で眠れない。
 目を閉じても、さまざまな情景が脳内を駆け巡って落ち着かない。
 もしかしたら、私は殺されるかもしれない。
 裏切られて、ボロ雑巾のように扱われるかもしれない。
 ひょんなことで怒りを買って殴られて……。
 ああ、私たちはあまりにも浅い関係だった。
 ただなんとなく一緒にいるだけの関係では、互いのことなんて知り得ない。
 顔をおおって、闇の中で思う。
 もしも、彼の性格をほんの少しでも知り得ていたら、距離が近かったのなら、もっと話は簡単だった。
 あっさりと答えを出せたのに。
 今の私には、なにもつかめない。
 答えは出せない。
 ただ、時が流れないことを祈っている。
 時が停止することを願っている。
 されども無常にも時計の針は時を刻む。
 容赦なく、乾いた音が、均等に静寂に包まれた寝室に響いていた。

 夜が明けて、朝になる。
 窓から曇天を見て、憂鬱な気分になる。
 せっかくのクリスマス――特別な日なのに、気分が盛り上がらない。
 私はあらかじめ用意していた衣装に袖を通して、デートの準備をする。
 メイクは特にせずに、いつものように髪をセットする。
 セットするといっても邪魔にならないように結ぶだけだ。
 気合を入れているわけではない。
 ただ、服だけは特別に、白いコートに身を包む。
 身だしなみは完璧だ。
 だけど、盛り上がらない。
 デートをして、なにが起こるというのか。
 彼を信用できない私は、これから先、どうなるのだろうか。
 気分は落ち込んで、余計な雑念に心を支配されている。
 裏切られたくないし、傷つくのもごめんだ。
 じゃあ、もう、どうすればいいのだろうか。
 心は雲に覆われて、無性に叫びたくなる。
 こんな嫌な気持ちで彼の前に姿を見せても、なにが起きるのだろう。
 失礼だ。
 そうしている間にも、時はすぎる。
 約束の時間が迫る。
 通常であればすでに家を飛び出しているであろう時間にも関わらず、私はソファに座ったまま、動かない。
 動き出す気が起きなかった。
 部屋にも陰鬱な空気が流れる。
 テレビもつけずにいるだけやけに静まり返ったリビングの空気は淀んでいた。
 時計の針が奏でる音だけが、死刑の執行を告げる鐘のように、鼓膜をたたく。
 ああ、ダメだ。
 私じゃ、ダメだ。
 また、時計の針が時を刻む音が、耳の奥に染み込んでいく。
 いよいよ、約束の時間を過ぎた。
 今行けば、間に合う。
 彼なら許してくれるなんて思ってはいないけれど、関係は壊れない。
 そう、信頼をしている。
 だけど、動けない。
 立ち上がれない。
 私は逃げた。
 現実を直視したくなくて、今日がクリスマスでなければと願って。
 結局、真相から逃げて、あいまいな気持ちのまま、デートの日を終えようとしている。
 また、時計の針が乾いた音を生み出す。
 いつの間にか時間は過ぎて、待ち合わせの時間から一時間以上が経過している。
 なんとなく顔を上げて、絶望にも似た感情を胸にいだきながらも、私は現実から目をそらすように顔を伏せた。
 窓の外――きちんと整備された歩道で、誰かが満足げに笑ったような気がした。

 クリスマスは終わった。
 授業が始まって登校する日になっても、焔はなにも言わない。
 なぜデートをすっぽかしたのか、尋ねてさえこなかった。
 繰り出される話題は特にない。
 こちらから話しかけなければ、向こうも口を開かない。
 一緒に下校をするときも、沈黙が二人の間をつつむ。
 なんともいえない気まずい空気に、いたたまれなくなる。
 次第に私たちは一人で下校するようになった。
 学校で互いを見かけても、見なかったことにして、すれ違うことも多い。
 なんだか、関係が変わってしまった。
 なにかが終わったような気もする。
 私たちはなにかが崩壊した。
 距離は離れて、取り返しのつかない状態になってしまったのではないか。
 こうなった原因は誰なのか。
 余計な情報を持ち込んだ少年のせいか。
 いや、結局信じきれなかったのは私だ。
 なにもかも、私が悪い。
 全て、私が。


 自責の念に駆られながらも、関係を修復する気にはなれなかった。
 結局、私たちはそれだけの関係だったのだろう。
 私は一人になったけれど、それでいい。
 となりにいたはずの存在がなくなって、寂しさは思える。
 なんともいえないやるせなさを感じるものの、現状を打破する気はない。
 焔には別の相手も現れるだろうし、私が気にしたところで仕方がない。
 これでいい。
 私も早く、完全に一人になりたい。
 想いを全て断ち切りたい。
 できるのなら、彼と出会う前に戻りたい。
 そうすれば、別れの悲しみなんて引きずらずに済んだ。
 なにも考えずにのんきに学校へ行って授業をして、帰るだけの日常を続けられた。
 それでよかった。
 ああ、どうしてこんなに情けない気持ちになるのだろう。
 まだ、振られたわけではない。
 関係に亀裂が走っただけだ。
 ちょっと下手なことをして、溝を作り出してしまっただけだ。
 まだ、なにかできるかもしれないのに。
 私は全てあきらめて、悲観的になって、絶望的な目をしている。
 実際に空は暗い。
 かつてないほどに鉛色をしていて、辛気臭い。
 今にも雨――いや、今の季節なら雪かな――が降りそうだ。

「でも、まあ、よかったじゃないか。君は危ない目に遭わずに済んだ。それだけは、なによりさ」

 クリスマスからほぼ一ヶ月近くが過ぎたころ、青葉くんがふたたび接触をしてきた。
 現在、私たちはカフェにいる。
 きっかけは下校中に彼が何食わぬ顔でこちらに話しかけにきたことだ。
 断りたかったし、気づかない振りをしたかった。
 だけど、彼がそれを許してくれなかった。
 私が過去に家から追い出したように、彼も強引に私を誘ったのだ。

「誰のせいだと思っているのですか?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃないさ。こちらから聞くけど、誰のおかげだと思ってるのさ?」

 涼しい顔をして、少年はブラックコーヒーに口をつける。
 私もけわしい表情を崩さず、カフェオレを飲む。

「ずいぶんと苦そうな顔してるね。カフェオレでもそれって、どれだけ砂糖を入れたら大丈夫なのかい?」

 からかうように笑って、彼はカップをソーサーに戻す。

「冗談は結構です」

 私は眉をひそめて言ってから、相手から目をそらす。

「まあ、君たちに関しては、僕が口を出さなかったとしても、そうなっていたと思うけどね」

 青葉くんのひとりごとに似た言葉が耳に届く。
 それはつまり、私……もしくは両者に問題があったとでも言うのだろうか。

「いや、関係はないか。君はなにかが起こる前に危険を察知した逃げたわけで、それは誇っていいだろうね。本来なら君は問題が起こったあとに別れを切り出していたかもしれないしさ」
「なにが言いたいのですか?」
「別に、なにかを言いたいわけじゃない。勝手に自己完結したか、ただのひとりごとだと思ってくれ」

 彼は一度コーヒーカップをソーサーに戻す。
 少しだけ大きな音が響く。
 カップの中の液体は揺れていない。

「それよりもさ、また君の家に案内してくれないかい?」
「え?」

 眉をひそめる。

「また、なにか仕掛けられているかもしれない」

 真顔でそう言って、彼は身を乗り出す。

「どうかな。前はなにもなかったとしても、今回はってことがあるかもしれないしさ」
「ムダです。確かめたところで、結果は変わりません」

 最近変わったことは起こっていない。
 盗聴器なんてありえない。
 私は断じた。
 恋人の感情や考えていることは読めずとも、それだけは信用している。
 されども、相手もめげない。
 適当な理由をつけては、こちらを誘う。
 こちらも断り切れない。
 結局、私は彼を自宅へと案内する羽目になる。

 なんで、こうなったのだろう。
 彼とは縁を切らなければならないのに、なにもしなくても向こうが関わってきてしまう。
 この調子では引っ越して住所を変えたとしても、ついてきてしまうだろう。

「ほー、家具は変わってない、か」
「なにか問題でも?」

 玄関から家に入って、家具や骨頂品を物色する少年へ向かって、私は冷めた目を向ける。

「別に、なんでもないよ。変わっていたとしても、やることは変わらなかったし」
「やること?」

 言っている意味が分からない。
 首をかしげる。
 彼はなにをしようとしているのだろうか。
 ぼんやりと首をかしげていると、不意に目の前に鋼色の塊が飛び込む。
 とっさに下がる。
 視界を銀色の線が切り裂いていった。

「すごい反応だね」

 前方で、少年が感心したようにつぶやく。
 その手には、一振りの刃が握られている。
 一方で、こちらには状況がつかめない。
 突然斬りかかられた?
 でも、どうして?
 なんで、こんなことに?

 わけも分からないまま立ち尽くす私に、少年は淡々とした口調で言う。

「狙っていたのはこっちのほうだったってわけさ」

 え?
 空白に染まった脳内に、残忍な声が響く。
 目の前に映る刃がやけに現実離れしていて、異質だ。
 現実は受け入れられず、目の前でチカチカと点滅をしている。

「君たちが別れるとか、そんなことは考えてないよ。ただ、スキを作りたかった。そして、僕が君の部屋にはいる口実を作りたかった。ただ、それだけだ」

 やけに冷たい声が耳に流れ込む。
 この瞬間、前方にいる少年は普段よりも大人びてみえるような気がする。
 事実、彼は本当は見た目よりも大人なのかもしれない。
 学生なんてことはなくて、成人していてもおかしくない。

 切迫した状況の中、そんなムダな情報だけは脳内で整理されて、やけに冷静に目の前の状況を見つめられる。

「逃げないのかい?」

 彼の声が、金属音のような響くで耳に届く。
 耳障りだ。
 なにかが普段と違う。
 例えるのなら、不協和音。
 容姿はいつもと変わらず、爽やかな印象なのに、雰囲気だけが異質だ。
 もう猫を被る必要はなくなったとばかりに、なにも取り繕っていない。
 そんな感じが周囲の空間――部屋さえも侵食して、全体に不穏な空気が漂う。

 そうだ、逃げなきゃ。
 このままでは殺される。
 ゆっくりと後ずさる。
 同様に相手も距離を詰めてくる。
 絡まった思考と脳内をまとめる前に、身体は勝手に動く。
 出口を求めて逃げ惑う。
 されども、ムダだ。
 彼は壁際に私を追い込んで、刃を突きつける。

「なぜ、こんなことを?」
「ムダだって? わざわざこんな真似をする必要はないって? でも、目撃者は消さなきゃ。それに、君にはおとなしくしてもらわなきゃ、邪魔になるだろうし」

 やけに澄んだ茶色の瞳に、光は映らない。
 無論、私の怯えた顔なんて、彼の視界には入っていない。
 今の少年にとって、私はただの障害物だ。
 人間の――少女の姿をして、言葉を話す置物のようなものだ。

「まずは君から」

 刃が強烈な光を放つ。
 ひあがった喉から、声にならない悲鳴が漏れる。
 正確には、息だ。
 ただ、それだけで、私は身動きすら取れずに固まってしまう。
 助けなんて呼べない。
 電話は遠い。手元にはスマートフォンなんてない。
 どうしよう。
 なにをすればいい。
 どのような行動をすれば、私は助かる?
 頭の検索窓に、問いを打つ。
 されども、検索結果にはなにも表示されない。
 答えは見つからない。
 頬を汗が伝う。
 揺れる視界の中で、少年の唇が弧を描く。

 そんな……。
 私は、殺される?
 まだ、なにもしていないのに。
 幸福なんて、得ていない。
 まだ、デートすら……互いに想いを共有してもいない。
 まだ、始まったばかり。
 否、始まってすらいない。
 そんな関係で、私の恋は終わってしまう。
 物語は途切れてしまう。
 そしてそれは、一生続くことはない。
 そんなのは嫌だ。
 もっと、なにかが欲しかった。
 私の人生を変えてしまうような、衝撃的なものがほしい。
 誰かに愛されたい。
 私も、誰かの人生を変えてしまいたい。
 そんな人に、そんな関係を、確かに欲しいと願ってしまった。
 だからこそ、狂気に歪んだ顔をした少年の背後で、一人の影が動いたとき、心の中に希望を抱いた。

 刹那、目の前で少年が倒れる。
 彼はなにが起こったのか分からないといった顔で、床に伏せる。
 もっとも、なにが起こったのか分からないのは私も同じだ。
 突然倒れられても、私にはわけが分からない。

「ぼさっとしてんな」

 突然、腕をつかまれた。

「え? あの」

 返事をする暇もなく、さらわれる。
 私は相手に導かれるようにして腕を引かれて、家の外へ飛び出す。
 外は雪が降っていた。
 濃紺の闇があたりを満たして、街灯だけが静まり返った街を照らす。
 私は荒い息をして、白い息を吐いて、あたりを見渡す。
 気がつくと近くにパトカーが停まって、自宅に置いてきた少年を回収して、ふたたび車の中へ戻っていく。
 これは、いったい……。
 目を丸くして立ち尽くす私へ向かって、焔色の髪をした少年が声をかける。

「あいつだってさ。最近噂になってる強盗犯」
「あの人が……」

 目をあわせる。
 いままで近くにいた。
 私を連れて、助けて、外へ連れ出してくれた少年の名は焔。
 私に告白をして恋人になった存在だ。

「やつ、お前を殺すつもりだった。殺して、家の中にあるものを全て奪おうとした。未遂だがな」

 ぶっきらぼうに言って、彼はこちらに背を向ける。
 彼は説明だけして、あとはこちらを放置して、去ろうとしている。
 即座にこちらも手を伸ばす。
 追いかけようとした。
 だが、動けない。
 一歩を踏み出せなかった。
 彼を信じきれなかった。
 あやうく全てを失うところだった。
 そんな私に、追いかける資格があるのだろうか。
 心に風が吹き抜けていく。
 ちょうど今みたいな、ビルの間を縫う、肌寒い風が。
 そうして、少年は遠ざかっていく。
 堂々とした足取りで振り返らずに歩みを進めて、大きな背中はビルとビルのすき間を通って、星がきらめく濃紺の空の向こうへ消えた。

 一夜が明けた。
 何事もなかったかのように朝が始まる。
 事情聴取は終わっていて、普段と同じように学校に通う。
 私たちの関係は変わっていない。
 悪い意味で。
 目が合ったらそらさず逃げもしないけど、歩み寄りはしない。
 会話は進まない。
 ただ、恋人という枠があるだけで、その縁で私たちの関係が首の皮一枚でつながっている。
 放っておけば勝手に切れてしまうような、細い縁だ。
 どことなく気まずくて、ぎこちない。
 一緒に下校するけれど、会話はない。
 話しかけても、相手は無視だ。
 正確にはきちんと聞いていてはくれるのだろうけれど、相槌を打ってくれない。
 たとえなにかを話したとしても、続かない。
 会話なんて、盛り上がる気配がなかった。
 こうなってしまったのは、悪い人が原因だ。
 けど、一因は私にある。
 全て、私が信じ切ればよかっただけだ。彼に向かってなにかを聞いて、ハッキリとした真実を受け入れればよかっただけの話だ。
 それができないのが私の弱さでもあって、結局のところ、なにもかも自分で蒔いた種だって話で。

「あの……」

 寒空の下、不意に切り出す。

「私、責任を取らなければ」

 急だと思うけれど、言わなければならないと思った。

「この間のことも、あるでしょう。私、責任を取らなければならないと思ったの」

 相手の顔色をうかがうように、何度も目を合わせたりそらしたりを繰り返して、少しずつ言葉をつむぐ。
 なにかを失わないように、否、なにかを求めるような目線をしながら、私は告げる。

「別れなければと」

 私は信じきれなかった。
 疑ってしまった。
 恋人として失格だ。
 私は彼に対して、なにもしてあげられない。
 どうあがいても、大切な人を幸せにできない。
 だから、解放してあげなくちゃ。
 彼にはきっと、私よりもいい相手がいる。
 一方で、焔の表情は変わらない。
 無表情だ。
 なにを考えているのか、起こっているのか、眉を釣り上げた普段の表情のまま、動かない。

「なにかと思えば、またそんなことを言ってやがんのか」

 炎の色に染めた髪を風になびかせながら、彼はつぶやく。

「お前の気持ちはどうなんだ?」
「え?」

 それはいったい?
 どういう意味かと、目を丸くする。
 口をあんぐりと開けて、固まってしまう。
 あやうく立ち止まって、置いていかれるところだった。
 私は引き続き彼と並んで歩きながら、答えを出す。

「私は……」

 言葉が出てこない。
 私の気持ち?
 それは確かに重要な問題で、いままで考えたことのなかったことでもあった。

「俺のことを、どう思っている? それを聞いてない。付き合うときに聞いたのは、許可だけだ。俺はまだ、お前の気持ちを知らない」

 ああ、そうか。
 そんなこと、初歩の初歩すら気持ちを通わせずに、私たちは恋人になった。
 いや、恋人ごっこをしていた。
 友達にすらなれずに、ただ淡々と付き合うだけの日々を。
 だけど、今ならきちんと言える。
 伝えられる。

「私の気持ちは――」

 彼の感情は読めない。
 なにを考えているのか、たまに分からないときもある。
 だけど知っている。
 時々観察していて、分かったこともある。
 彼は目つきが悪くて、乱暴で、口も悪い。
 髪は染めていて、学校の成績も良くはない。
 校則は違反ばかりしている。
 だけど、知っている。
 少年は仲間思いだし、大切なものは決して見捨てない。
 あのとき、強盗から私を助けたように、必ず守ってくれる。
 根は優しいのだ。
 全ての悪印象が覆るわけではないかもしれない。
 それでも、断言できる。
 見た目ほど、彼は悪い存在ではない。
 私に悪い影響を与えるような、そんな存在ではないことは明白だ。
 だから、自信を持って伝える。

「あなたのことは、好感を持っているわ。もっと、近づきたい。もっと、あなたを知りたい。いいところでも、悪いところでも、とにかく、なんでもいいの。私は、あなたの全てを知りたい」

 真摯な目で、訴えかけた。
 すると彼はため息をつく。
 その口が、わずかにゆるむ。
 弧を描いた唇で、彼は言葉を発する。

「ようやくか。ああ、そうだな。俺は、お前がほしい。お前の全てがほしい。だから、言ったんだ。好きだと。こんな俺が、今更お前を手放すことなんて、あるわけねぇだろ」

 少年の告白は、穏やかな響くを持って、脳に響く。
 ああ、確かにそうだ。
 告白をしてきたのはあちらのほうだった。
 私にそんな価値があるなんて思ってないけど、少なくとも向こうはこちらが思うよりも強く、一人の少女のことを思ってくれているらしい。

「これだから馬鹿なお嬢様やダメなんだ。お前の選択は俺のためにならねぇ。これじゃ、消化不良っつーか、不完全燃焼だ。だから、付き合え。一生な」

 照れもせずに、真っすぐに少年は言った。
 その言葉は私の心に確かに届いた。
 途端に胸の奥でなにかが弾けたような音がした。
 熱い、温かい気持ちが心の内側に発生して、上のほうへ込み上げてくる。
 私たちの間を温かな空気が流れていく。
 この間のような寒い風ではない。
 春のような、心地のよい雰囲気で、青い空の下でまぶしい太陽に照らされて、私はとなりにいる少年を見上げた。

「デート……」

 少しうつむいて、言葉を選びながら、声を発する。

「謝るわ。私は、あなたを……。デートも、すっぽかしてしまった」

 一度、言葉が途切れる。
 青紫色をした気持ちが胸の奥から溢れ出そうで、でなくて。
 こみあげてくる気持ちをこらえるように、下を向く。
 だけど、ふたたび顔を上げて、彼と目を合わせて、私は口にした。

「だから、次、お願いします。クリスマスでなくてもかまわないわ。いつか、近いうちに……」

 できるのなら、二人の関係が永遠に続くように。
 〇から一〇へ百へ、いや無限へ。
 それを願いながら。
 今度は私のほうから。
 それに答えるように、少年は少しだけ笑った。



 

小説のコメントコメント
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 お試しで。
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2017/12/31 05:49 白銀



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