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『摩天楼で昼食を』

蓮 文句著



当人は普通、夢の内容を覚えていられないのですが、昨夜は丁度クライマックスで目が覚めたためかこの話は今でも覚えています。ひょっとしたら、その時泣いていたからかもしれません。主人公は確か浜さんという名前だったと思います。彼は仕事の関係で高層ビルにオフィスを持つ会社に届け物をする最中でした。

浜さんは、仕事柄、市内の各所に出向くのですが、このビルは初めてでした。84階のオフィスに行くにはどうしたものかと思っていました。エレベーターは何十とあり、行先階ごとに異なるエリアから乗るようです。どうやら84階への直行はなく、78階まで「エクスプレス」で行き、その後乗り換えないといけないようでした。エクスプレスは上下の動きをほとんど感じさせないスムースな加速そして減速でした。ビルの高さを感じたのは途中、キーンと耳が痛くなったことくらいでしょうか。

78階でおり、84階に行くべく「ローカル」のエレベーターに乗り込みました。ところが、なぜかこのエレベータ84階には止まらずにこのエレベータの最上階の92階まで行ってしまいました。仕方なくそこで降りると、そこはフードコートのようなところでした。こんな高層ビルの92階に、高級レストランならいざ知らずフードコートは変だなと思いながら、ちょっと覗いてみたくなりました。まだ昼食の時間には少し早く客足はほとんどありません。いい匂いだけがしています。浜さんのお腹がゴロゴロと言い始めました。

当人だったらそこで昼食にしてしまったかもしれません。でも、浜さんは届け物のことを忘れたわけではありません。すぐにエレベータの方にもどりました。84階に行くのを探して乗り込みました。入った途端に、エレベータの鉄の臭いではなく何か美味しそうな匂いがしてきました。エレベータの奥には小さなテーブルがあり、そこにはいくつかのグラスに白ワインらしきものが入っており、横にはチーズと何種類かのハムのようなものが置いてあります。エレベータには黒いタキシードを着た男が数人いて楽し気に会話をしています。浜さんはお腹が空いてきた故、チーズに手を出したいかなと思いました。めったに飲んだことのない白ワインも悪くないかなとさえ考え始めました。

ところが、男たちの一人が『どこに行くんだ。』と聞いてきたので、84階のオフィスのことを言うと、エレベータが違うという返事です。男たちは変な眼で見ています。したかなく、ドアが開いたときに降りるとそこは荷物用のエレベータの止まる階のようで、小さな味気ないスペースがあるだけで、少しかび臭いような感じさえしました。エレベータは今降りたものしかなく、呼ぶための上下のボタンはありませんでした。幸い、スペースの一角に階段と思われるドアがありました。浜さんはかつて市内のビルの階段では苦い経験をしたことがあります。階段ですぐ下の階に移動しようとしたところ、他の階へは出られず、地上の非常口まで降りなければならなかったのです。そのビルはたったの8階建てだったので大したことはありませんでした。今回は少なくとも84階より高いところにいるので、地上まで歩いて降りるわけにはいきません。階段へのドアを開けた後、カバンの中から、もうでなくなったペンを取り出し、ドアに挟みました。こうしておけば、万が一の時はこの階には戻ってこれる。このとき、カバンにお弁当が入っていないことに気が付きました。今朝は、急いでいたので忘れてしまったのです。

そこから、一階ずつ下に降りてはその階にでるドアを開けようとしました。三〜四階降りたところでこの階段のシャフトは終わっていて、そのドアが開きました。さっきのフードコートからは降りてきていたはずなのに、目前にはまたあとフードコートがありました。もう一度当たりを見回すと、今回は下に行くエスカレータがあることに気が付きました。この長いエスカレータを使って2階ほど下に行くと、またエレベータの乗り場があります。この時までにはエレベータにこりごりしていたので、乗る前に他の人にどの階に行くのか聞いて84階に行く人が見つかるまで待ちました。ちょっと派手な紫色のスーツをきた男の人が84階に行くというのでその人と一緒にエレベータに乗り込み、一緒に降りました。確かに84階でした。

その男の人は浜さんの行くオフィスに働いているというのでそこまで案内してもらいました。やっと、届け物が出来ると安心しました。受付で持ってきた荷物を渡して帰ろうとすると送り主にお礼の品を届けて欲しいので少し待ってくださいと言われました。したかがないか、と待っていると、地味な灰色のスーツをきた男の人が『どうぞこちらに来てください』と言うのでついていくと、大きなパーティー会場みたいなところに通されました。どうなっているのかなと思っている間に、給仕のような人が数々の美味しそうな前菜を乗せたトレイを差し出して『どうぞ』と言うのです。そう言われて断る理由もないかと思い、浜さんは一つ頂きました。

その後誰もお礼の品を持ってきてくれるわけでもないので、ひとつ、またひとつと前菜を食べていました。しばらくすると、偉そうな人が出てきて『そろそろはじめるかな』と言いました。浜さんとしてはそろそろ帰りたいところでしたがまだ品物を受け取っていないので、どうすることもできずにいました。偉そうな人が一人若者を指さし、『始めろ』と言いました。この若者は劇の主役のように堂々とした態度でちょっとした「演説」を始めました。ただし、この演説、どうもこの会社の商品を売るための口上のようです。堂々としているのは態度だけでなく、話しの内容、話し方、すべてに言えることでした。商品の説明に関しては、浜さんにはすこし難しかったかもしれません。かなり理論的なことが入っていました。そして、最後には何かランプのようなものを持ち出し、それを高々と手に持ってぐるりと回転したのです。

若者が演説を終わったると、司会者が浜さんを指さし、あなたの番だと言うのです。浜さんは届け物をしに来ただけでこの会合とは関係ありませんと重ねて言ったのですが、受け入れてくれません。今日は変なことばかり起こるものだ、乗り掛かった舟だと思い、人々の前に出ました。浜さんは静かで人前で話すのは苦手な人柄なので、何も言わずにカバンからたまたま持っていたすでに切れた電球を高々と持ってぐるりと回転したのです。途端に、空腹のためか足がもつれ、手をついて転んでしまいました。持っていた電球は地面に落ちて割れてしまいました。浜さんは『申し訳ありません。塵取りをかしてください。』と言い、受け取ると即座にガラス片を片付け始めました。なんてことをしてしまったのかと思いました。

丁度その時、受付のお嬢さんが浜さんのところは駆け付けて、『お取込み中ですが、奥様がこれを届けてくれるようにとのことです。』と言いました。また、なんでこんな厄介な最中にと思いつつその包みを受け取ると、浜さんにはすぐわかりました。今朝忘れたお弁当です。おそらく、包みからして誰の目にもお弁当だということは明らかだったに違いありません。この取り柄のない奥さん、お弁当はと言えば、大方チーズサンド、冷凍の枝豆、そしてリンゴといった簡単なものです。それでも、もう何十年も一人先に起きて朝食とお弁当の準備をしてきました。この日は、浜さんお弁当を忘れてしまったので、奥さんがどうやって探し当てたかこのオフィスまで届けてくれたのです。

その時、あの偉そうな人が浜さんに立ち寄って、声をかけました。『こちらこそ、申し訳ないことをした。なんであなたにこんなことをさせたんだろう。あなたはなんて純情な人だろう。そして奥さんが弁当を届けてくれる。それに比べ、我々は自分たちの商品を必死で売り込もうとしてあらゆる手段を使っている。みんな自分の、自分だけの利益を追求している。今ほど自分のやっていることに疑問を持ったことはない。どうかこちらにきてください。このガラス片は私たちで片付けます。』

浜さんが通されたのはこの偉そうな人の社長室でした。84階の窓からは自由の女神をはじめ、美しいニューヨーク港が一目で見渡せました。『わたしはもう年だが、まだ後継者がいない。会社のものは私の後継ぎになるべくしのぎをけずっている。実は、あなたが何も言わずに電球を片付けているのを見たとき、私はあなたにこの会社を差し上げたいとさえ思った。ただ、私にもわかる。あなたはそんなものは欲しくない。いい迷惑だ。あなたはもう必要なものは持っている。どうぞ、ここでごゆっくり昼食をとってください。奥さんのお弁当があなたへの最高の贈り物に違いない。』社長はそう言うとさっさと部屋を出て行ってしまいました。浜さんは、今日はなんて不思議な日だろうと思いました。お弁当を食べ終えて外を眺めていると、何か異様なものが目に入りました。初めは鳥かラジコンの飛行機かなと思ったのですが、それがだんだんこのビルの方に近づいてくるように見えます。どんどん大きくなります。なんと、旅客機のようです。浜さんは、今まで経験したことのない恐怖に襲われました。次の瞬間には巨大な爆音とともにビル全体が大きく揺れ、照明が消えました。どす黒い煙が下の方から登ってきました。焦げ臭い臭いもしてきました。

直に社長が慌てふためいて飛び込んできました。『大変だ。ジェット機が突っ込んだ。地上への通路はすべて破壊されたらしい。あなたに受け取ってほしいものが一つだけある。特注で作らせたパラシュートがひとつだけある。全自動だ。これをしょって窓から飛び降りてほしい。』というや否や、社長はパラシュートを浜さんに着けさせ、窓を植木鉢で破り、浜さんを放り出したのです。

浜さんは何も考える時間がありませんでした。気が付いたときは真っ逆さまに高層ビルの横を落ちている最中でした。気絶しかかったときに大きな衝撃で目覚めると、パラシュートが開きビルから遠ざかり始めました。おそらくこの滑空型パラシュートはカメラとコンピュータが備わっているのでしょう。周りの高層ビルを避けながら近くの空き地へ着陸しました。即座に地上の消防団員が救出してくれました。その後、近くの避難所へ向けて歩いている途中、あの高層ビルが鼓膜を破るような爆音とともに崩壊するのが見えました。後から思えば、浜さんはあの社長に一言も言葉を返さなかったのではないでしょうか。

小説のコメントコメント
この作品の著作権は、作者である 蓮 文句 さんに帰属します。無断転載等を禁じます。


2019/06/19 18:55 蓮 文句



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