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『アベレージ』

Elise著



中学時代には、僕は随分と社交的な人間であるという自負があった。生徒会長をやって、人前に立つことに対して楽しさを感じるようになったし、友達の中心みたいな存在として居る事がこの上ない喜びになっていた。
そういう暮らしの中で、僕は自分という人間が、コミュニケーションという世界においては天才なんじゃないかなとか、子供心にも思ったりしたわけで。今になって思うと、それは自分という人間の歪みの根本だった。
高校に上がってから、そういうことが急に上手く出来なくなった自分がいて、最初は激しく困惑した。でも時間が経つにつれて、やがてそれは自分がダメになったんじゃなく、自分は元々ダメだったんだと気付いた。自分は根っからクズで、若気の至り(今も子供だけど)と環境で何とかなってる気になってただけでしたってオチです。
僕が小説やら音楽やら、内面的な対話と関わる表現に興味を持ち始めたのは、対外的な活動が上手くいかないと分かったからなんですが、そうなってからはなんとも生活がえらく変わってしまったなあと思う次第で。
まあ、僕みたいなのはかなり極端な例だとは思うが、こういう風に思考や自分のやり方というものが環境などに応じてどんどんと変化していくというのはある種当たり前の話だと思う。
星が落っこちてしまったらとか、昔は気になって眠れなかったような物事の結末が、今じゃあっさりと定義出来る一方で、一秒先の自分がまともに生きているのかとか、今どうしようもなく恐れていることを5歳の自分に見せたら鼻で笑われそうだ。いつかに捨てたくだらない考え方の代わりに、いらない杞憂を引っ張ってきている。ネガティブな考え方についての例しかあげてないけど、逆も然りで、とにかく己の考えってのは変化して当然だと思う。
人間の哲学ってのは大抵ころころ変わりながら、それでもいつも善悪のプラスマイナスが足してゼロになるバランスを保ち続けていると思うんです。昔捨てた善良な心は、形を変えて善として心のどっかにあるわけで。僕らが進歩と思う心の変化の裏側にも、かつての自分にしかなかった感覚の消滅がある。そう考えると、実際人間はほんの少し先の未来も同じような姿形でいながら、内面で今みたいな筋を通せているのかと言えば覚束無い、不安定な生き物じゃないですかね。
人が変わったような、という形容は比喩じゃないんです。人は変わる。間違いなく。その上でどうにか折り合いをつけて、自分という核は守る。自分にとってのプラマイゼロとはどんなバランスかを理解する。どうにも難しい。きっとこの感覚はあまり理解されない。

作品のコメントコメント
この作品の著作権は、作者である Elise さんに帰属します。無断転載等を禁じます。

すごく読みづらい気がする。ほんとすいません。
2018/04/05 00:27 Elise



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