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『雨と花と、あの春のプラトニック・ラブ』

陸奥淑著



店から出た青年は、丸い眼鏡を曇らせながら、不機嫌そうに梅雨の空を見上げた。そこへ、中年の男が駆け込んできた。青年はその男を見ると、声をかけた。

「やあ、これは田口さん。いやあ、今にも降り出しそうですなあ」
「いや長谷さん、もう既に降っていますよ。小雨なんですがね。ほら」

そう言うと田口と呼ばれた中年の男は、自分の眼鏡を外して青年にみせた。なるほど、レンズには数滴だが雨粒がある。

「これは困りましたなあ。生憎傘を持ち合わせていないものでしてね」
「私もですよ。ご覧の通り、傘を持ってくるのを忘れましてね。家内が今旅行だとかなんとか言って、熱海に友人達と行っているのですよ。いつもなら家を出る前に一声くれるのですがね。では、また。」

田口が拭き取った眼鏡を掛け直すと、二人は互いに会釈し、田口は店へ入っていった。店主が機嫌よく挨拶をしているのが聞こえ、扉がベルの音をたてて閉まった。田口も青年も、この店の常連なのである。

青年は再び、静かになった空を見上げ、嫌そうな顔をした。雲の流れが速い。水をたっぷり含んで重くなった雲が下がり、早く見えるのだ。そういう時は決まって、雨が降る。

地面を見ると、先ほど田口が言っていたとおり、雨がぽつりぽつりと斑点模様を描いては消えた。やはり、雨はこれからひどくなるらしい。帰るなら今のうちだろうと思った青年は、眼鏡を懐にしまって、都会の嫌な湿気の匂いの中、歩き出した。


次第に雨足が速くなり、地面から少し目をあげた。視界の片隅にあった喫茶店を見やり、ちょっと立ち寄る時間はあるだろうかと、気取って買った安物の懐中時計を取り出す。と、枯れて萎れた梅の花が、くるくると廻りながら落ちた。青年は驚いたようだったが、すぐにそれが花だと分かった。

思わず立ち止まって拾おうとしたが、その手を引っ込めた。既にその花は青年の靴によって泥に塗れ、ぺしゃんこになってしまっていたのである。

少し名残惜しそうに、追憶するようにその場で花を見つめていた青年だったが、やがて、薄く微笑みながらますます降り止まぬ雨を見て、機嫌よく歩き出した。青年が何か大切なことを呟いた気がしたが、その呟きは梅雨の雨音が掻き消してしまった。


ただ、それだけである。

作品のコメントコメント
この作品の著作権は、作者である 陸奥淑 さんに帰属します。無断転載等を禁じます。

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2017/08/23 14:16 陸奥淑



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